第81話 ガブリエル来訪(1) 寝室
「ずいぶん遠回りしちまったが、これで本格始動だ」
大使任命式を終え、自宅アパートに帰ってきて、食事もシャワーも済ませた就寝前。エスペルはうんと背伸びしながらそう言った。
伝説の神剣を授けられたり、皇帝にライラの正体がばれたり、想定外のこともあったがそれはともかく。
気分は高揚していた。まだ敵地突入日をいつにするかは決まっていないが、とにかく道筋がついたのは良かった。
「うれしそうね」
どことなく沈んだ顔で呟くライラに、エスペルは複雑な表情を浮かべる。
「ライラお前さ、本当に宰相になんか変なこと言われてないのか?」
先日、宰相の部屋に呼ばれて戻って来たライラは、明らかに思い悩んでいるように見えた。手紙の代筆を頼まれた、と言っていたが他にも何かがあったようにしか思えない。
でも聞いてもライラは頑なに、代筆を頼まれただけ、と言い張った。
「……何も言われてないってば。おやすみなさい」
ライラはばたん、と寝室に入ってドアを閉めた。
エスペルはそのドアを見つめて腕組みをする。
「いやいや、絶対なんかあっただろー……」
心配ではあるが、本人も話したがらない以上は置いておくしかない。
エスペルにはもう一つ大事なことがあった。
敵地突入前に、もう少し情報が欲しいのだ。そして計画をしっかり練らないといけない。
天界開闢とやらをぶっ潰すための計画を。
明日辺り、なんとかもうちょっとライラに情報提供してもらわないとな、と思いながらエスペルはソファに身を沈めた。
目をつぶればすぐに睡魔に襲われた。
※※※
ばたんと閉めた寝室のドアに背を預け、ライラはほうとため息をついた。
ジールに脅迫されてから、もうずっと自問自答し続け、でも答えが出ず、憂鬱だけが心を押しつぶす。
ジールにあんな脅しをされなくたって、エスペルが天界開闢について知りたがっていることなど、ライラには分かっていた。
だが。
天界開闢とは何か、それをエスペルに教えた結果、何が起きるか。
考えると身が竦んだ。エスペルは神と話し合うつもりでいるらしい。セラフィムと交渉するつもりでいるらしい。
ありえないことだった。交渉の余地なんてない。
ならば……。
ライラはベッドにその体を投げ出した。
堂々巡りの憂鬱な思考の中、やがてライラは毛布も被らず、眠りに落ちていく。
ライラが規則的な寝息を立てて眠っていた時。
『ライラさん、ライラさん』
耳元で声をかけられ、ライラの意識が眠りから呼び覚まされる。薄目を開けて寝惚けながら答える。
「ん……なに?エスペル……?」
『いいえ、違います』
「……え?」
それが女の声である事に気づき、ライラははっと身を起こした。
『うふふ、起こしてごめんなさい、矮小羽のライラさん』
ライラのベッドの脇に、整いすぎる程整った顔をした、セラフィムの美少女が立っていた。青いストレートロングヘア、黒いフリルだらけの濃紺のドレス。
「大セラフィムのガブリエル様!?」
ライラは何度も目をこすった。
『夢ではありませんよ?』
「どうやってここに!?まだ次元上昇前なのに!」
『これはわたくしの写し姿。本体じゃありません』
「そんなことが……」
言われてみれば確かに、その姿は虹のように背後が透けていた。声も水の中から聞こえるようにくぐもっている。
ガブリエルはその姿だけを像として遠方に飛ばすことができる、とライラは聞いたことがあった。水魔法の使い手であるガブリエルは、遠方の空気中の水分に、自らの霊体を反射させ、空中の鏡像のように姿を出現させるのだと。
(やはり三大セラフィム、すごい……。恐ろしいのはミカエル様だけじゃないわ……)
ライラは警戒の色を滲ませ、ベッドのシーツをぎゅっと握った。
ガブリエルはライラのそんな様子に、笑みを浮かべる。人形のような冷たい笑みではあったが。
『大丈夫、何も致しませんわ。この姿はただの写し姿、何も出来ません。今日はただ、ライラさんにお話があって参りましたの』
「私に話!?」
『一体いつまで、人間のそばにいるおつもりですの?』
「えっ……?」
予想もしていなかった質問に、ライラはうろたえる。
「イ、イヴァルト様が私を殺そうとしたんです。それで逃げて……」
『もうイヴァルトは処刑いたしましたわ。お戻りになったらいかが?』
「戻る!?私が戻るんですか?」
ライラは目を丸めた。ガブリエルはこくりと頷く。
『ええ。あなたが、こちらに』
その時、ライラの首に下げた細いピラミッド型のペンダントつまり霊能感知器が、いきなり青く明滅を始めた。
寝室のドアの向こう側、居間に淀んだ悪気が突如出現したのが分かった。
「死霊傀儡!」
『ミカエルさんたら精が出ますこと。お隣の部屋に来てますわね』
居間の方からエスペルが何か声を発しているのが聞こえた。
「エスペル!」
ライラはベッドから降りようとした。共に戦わねば、と。
が、
『あら、行っては駄目。まだお話の途中よ?』
冷たい口調でぴしゃりと言われ、その目を見たライラは凍りつく。ガブリエルは眼力だけで人をぞっとさせるような迫力を持っていた。
「ガ、ガブリエル様……」
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