第31話 買い物(1) 果物

「大浴場、どうだった?混浴じゃなかったんだよな?」


 城下の雑踏の中を歩きながら、エスペルがライラに問いかけた。

 エスペルとライラはトラエスト城を後にし、徒歩で帰路についていた。ついでに途中で露天市場に寄る予定である。


「男の人はいなかったわ」


「ふう、良かった。……ってライラ、混浴の意味知ってたのかよ!?」


「天界の浴場は、混浴だったもの」


「なんだってえーーー!?」


 エスペルは混浴にも驚いているが浴場にもちょっと驚いている。学校があったり浴場があったり、随分と普通そうじゃないか、「天界」とやらは。


「でも私はいつも、中に入れてもらえなかった。だからあんな大きいお風呂に入ったの初めて」


 入れてもらえなかった、という言葉にエスペルの心が痛む。きっと羽の小ささによる差別的扱いの一つなのだろう。


「そっか……。じゃあライラはどこで体洗ってたんだ?」


「湯船には入れてもらえなかったけど、水浴びはさせてもらえたから、はじっこで水浴びだけとか。山の中に温泉を見つけてからは、一人でそこまで飛んで行って入ってみたり」


「へえ、山の隠し湯か。それはそれで趣きがあっていいんじゃないか?のびのび温泉を堪能出来そうだ」


「ぜんぜん。仲間外れにされてみじめで寂しかったわ」


「テキトーなこと言ってごめんなさい……」


「だから今日はちょっと……楽しかった」


 えっ、とエスペルがライラの顔を見る。ライラは顔を赤らめる。


「な、なによ」


「いや、そっか、楽しかったか……」


「なにニヤニヤしてるのよ」


「わるい、なんか嬉しくて」


「よく分からない人ね。なんでそんなことが嬉しいのよ」


 ライラは照れたように目をそらす。

 そこで何かを思い出したような顔をした。


「……そうだ人間は、男の人も、もしゃもしゃなの?」


「もしゃ?」


 露天市場についた。

 エスペルの住む下層街区と、城の中間点あたりにある市場だ。朝と夕に市が立つ。今は夕の市だ。

 たくさんの露天テントが並び、様々な商品が売られ、呼び込みの声や雑踏の音で賑わっている。


 ライラはあまりの人の多さに目を白黒させた。


「なにここ、人間だらけ!なんでこんなに沢山!?いったい今から何が起きるの?」


 エスペルは笑う。


「何も起きねえよ、ただみんな買い物しに来てるんだ」


「カイモノ……」


「まずは服だよなあ。俺んちは男物しかねえし。そこの古着屋みてみるか」


 エスペルが古着屋のテントの方に歩き出したかたわらで、ライラは、きょろきょろと露天を眺めわたす。

 ふと視界に入った果物店に釘付けになった。

 目を輝かせて駆け寄る。


「これ、全部果物!?すごい、人間界ってこんなにたくさんの種類の果物があるのね」


 端から端まで身をかがめて、じっくりと眺める。

 東西南北、様々な国から物資の集まる帝都の市場には、旬という概念もなく、一年中、世界のあらゆる果実を手に入れることができた。

 店主のオヤジがニコニコと手もみした。


「お嬢ちゃん、見ない顔だね!ベッピンだなあ。買っていくかい?これなんてどうだ、さっき入荷したばっかりのとれたて葡萄だ」


 ライラは差し出された、緑に輝く葡萄を受け取った。

 宙にかかげてまじまじと観察する。


「綺麗……。宝石みたい。これを、食べることができるの?」


 首をかしげて店主に問いかける。店主はライラの妙な様子に戸惑いながら、


「お?おう、そりゃそうさ」


 ライラは一粒つまんで、口に入れてみた。


「おいしい……」


 感心したように、手にした葡萄を見つめる。

 もぐもぐと咀嚼し、ゴクリと飲み込むと、微笑んだ。

 そして手に葡萄を持ったまま、スタスタと向こうに歩き出した。


 慌てたのは店主である。


「お嬢ちゃん、お金っ!お金払ってもらわんと!」


 追いかけてライラの腕を掴んだ。ライラは不快そうに店主を見上げ、


「なによ、離しなさい。私は怖いわよ、あなたなんて簡単に……」


「うわああっ!すみません!俺が払いますっ」


 その場にやっと飛び込んで来たのは、買い込んだ古着を袋に詰めて背負っているエスペルである。店主はエスペルを見て、


「なんだエスペルの連れかい」


「すみません、世間知らずなやつで!あ、そうだ果物他にも買います。えっと、ここら辺に置いてあるやつ適当に見繕ってください」


「おっ、気前がいいや。さすが騎士様に転職すると違うねえ」


 店主は色鮮やかな果物を袋に詰め、エスペルに渡した。エスペルから代金を受け取りながら、耳打ちする。


「もしかしてこの嬢ちゃん、どこぞの王国のお姫様か?訳ありでお忍び中か?」


「ええっ!?いやいやただの……ただの……ええと、田舎者でっ!」


「ハハ、田舎にこんな、どえらい美人がいるかってんだ。まあそういうことにしといてやるよ」


 ライラはそのやり取りをきょとんとした顔で見つめていた。

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