第22話 珍獣園(2) 彼女は人間を何人殺したのか
二人は死霊傀儡が入り込んだ、珍獣園の門をくぐった。
が、ライラがぴたりと足を止めた、
青ざめながら手で鼻と口を覆う。
「な、何ここ……。すっごい変なにおい!」
「あったりまえだろ、獣がいっぱいいるんだから。フンとか大便とかクソとかうんことか」
「む、無理、鼻がつぶれちゃう!」
「つぶれねえっての。行くぞ」
「い、いやっ……!」
「いやじゃねー!」
エスペルは涙目のライラの腕をがしりと掴みひっぱって、珍獣園の中をずんずん進んで行った。
「く、くさ過ぎて倒れそう。頭がくらくらする」
「そのうち慣れるって」
「こんなの、慣れるわけっ……」
言いかけたライラの表情が固まる。
ライラの視線の方向、珍獣園の入り口を入ってすぐの囲いの中に、数頭のシマウマがいた。
愛らしい黒い瞳がこちらを見つめる。
ライラが悲鳴をあげた。
「きゃああ!!な、なにこれ、死霊傀儡!?なんでこんなにいっぱい!?」
「な、何言ってんだライラ?」
「なんなのこの奇妙な姿は、傀儡工房の失敗作!?」
「言ってる意味がわからないぞ。これはシマウマだ、南方の馬だ。俺も子供の時に移動サーカスで見たときはびっくりしたよ、絶対にペンキで模様を描いてるんだと思って水をぶっかけて大人たちに怒られて……」
「う、ウマ?ってなに!?」
「何って……。おっと、説明は後だ。後ろの木の上見てみな」
「え?木の上?」
エスペルの視線につられて、ライラは頭上を見上げた。
ライラの真上、後ろの木の樹上から、本物の死霊傀儡がにゅっと頭を伸ばして、ライラを覗き込んでいた。
「きゃあああああっ」
「ライらとエすペる!コロスウウウウウウウ」
死霊傀儡が樹上からライラに飛び掛ってきた。
間一髪、エスペルがその首元に剣を突き刺した。
「ギャアアーーーーー」
死霊傀儡は苦しげに叫び、地面に転がる。身を起こした闇色の化け物は、怒り狂ってエスペルに突っ込んできた。牙をむき出しに大口を開けて。
エスペルはひらりと左に身を回してかわした。目の前に化け物の横っ面、その首筋に剣を振り下ろす。
剣は大きな弧を描き、その醜い頭をすぱりと切断。黒い頭が吹っ飛んだ。
頭を失った身体はたたらを踏み、土埃をあげながらどうと地面に倒れた。
ライラは高鳴る心臓を押さえ、腕を突き出した。
「よ、よくも驚かせてくれたわね!消えなさい!」
怒りの
死霊傀儡は灰となって消失した。
「よし二体目を仕留めたな。あと一体だ!しかしお前が馬を知らないとはなあ」
「ウマなんて聞いたことないわ。動いてるし生きているみたいだけど、一体なんなの?」
「ま、まさかライラ、獣自体を見るのが始めてなのか?」
「ケモノ!?」
「そう、獣。シマウマは、ただの獣だ。魔力を持つ獣は魔獣」
「ケモノ、ケモノ……。思い出した、そういえば天界の学校で習ったわ!」
「天界?の、学校?」
「低次生命体の人間よりさらに下等な生物が存在するって教わったわ。それのことね!さすが下界だわ、人間界。獣なんて天界ではとっくに滅びていたのに」
「下等な生物って!そんな言うなよ、かわいいもんだぞ。ほらこっち来て触ってみろよ、ふわっふわだぞ?」
言いながらエスペルは、別の囲いの中にいる、白いユニコーンの頭をわしゃわしゃと撫でた。
ライラは思い切り首を横に振る。
「遠慮しておくわ!」
「っつーか、カブリア王国にもいただろ、獣」
ライラはそこで何故か、きまりの悪そうな顔をした。
「わ、私はちょっと目覚めるのが遅かったから……。起きたときはもう霧の結界が形成されてて、人も獣もいなかったの」
えっ、とエスペルは振り向く。
「どう言う意味だ?」
「他のセラフィムは人間界到着と同時に仮死睡眠から目覚めたけど、私は出来損ないだから、目覚めのリズムが誤作動したのよ」
「ちょっと待て!あの六日間、お前は寝てたのか!?セラフィムの襲来から、死の霧の発生までの『地獄の六日間』」
「ね、寝てたわ。到着から十日も寝てたって言われたもの」
ライラは恥ずかしそうに、ローブの裾をいじった。
「寝てたって、一体どこで?」
「宮殿に決まってるじゃない。宮殿に乗ってきたんだもの。いっぱい怒られたわ、何もしてない役立たずの怠け者って。私のせいじゃないのに、体が悪いのよ」
エスペルはゴクリと唾を飲み込んだ。
「じゃあ、もしかして、つまり……。お前は殺してないんだな、人間を!一人も!」
「まあ、そうだけど」
エスペルは心の底から湧き上がってくる、たとえようのない歓喜をグッと噛み締めた。
ライラが人間を何人殺したのか、誰を殺したのか、正直気になっていた。
聞くつもりはなかっが、わだかまっていた。
それがまさか、ただの偶然とはいえ一人も殺していなかったなんて。
思わずこんな言葉が漏れる。
「良かった……」
「……」
ライラはどう反応すればいいのか分からない、と言った顔で頬に手を当てた。
「さあもう一体の死霊傀儡、倒すぞ!」
妙に気合の入った声でエスペルが号令をかけた。
「え、ええ」
エスペルは園内をぐるりと見回し、一点に注目した。
「あっちのほう、空気が淀んでるな。心霊スポットによくある雰囲気だ。悪霊が出してる悪気だ」
「心霊スポット?は、なんだか分からないけど、そうね、確かにあの辺り、死霊傀儡の気配がするわ」
「よし行くぜ!」
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