矮翼のセラフィム

第21話 珍獣園(1) 共闘

　トラエスト城のすぐ近くに、帝都自慢の都立珍獣園がある。

　キリンやライオンといった異国の獣から、顔が二つのケルベロスや角の生えたユニコーンといった魔獣まで取り揃えた娯楽施設だ。

　その珍獣園の正門前。

　化け物三体が、三十名ほどの騎士達に取り囲まれていた。

　立体化した人影のごとき肉体。赤い目が虚ろにゆらぎ、口からは鋭い牙を見せ、手には鋭い爪が光る。牙も爪も闇の色だ。

「はあ……はあ……。なんだこいつら、切っても切っても復活しやがる……！」

　黄色の腕章をつけた、第三騎士団の騎士たちが、神霊剣を手に息を上げている。犠牲を伴う戦いで、既に何度か切り捨てたはずだった。だがしばらくすればすぐに復活する。

　騎士の半数は傷を負い、傷を負っていない者もかなり疲弊している。際限ない戦いで、負傷者は増える一方だった。

　死霊傀儡（しりょうくぐつ）は怒ったように奇声を上げていた。

　と、三体の死霊傀儡が、一人の騎士に一斉に飛びついた。

「しまっ……！」

　狙われた騎士が目を見張る。

　疲労し隙のあった騎士の、肩と腹と足に、三体の死霊傀儡の牙が深々と食い込んだ。

「ぐはあああっ！」

　騎士は鮮血を噴出しながら倒れた。

「お、おのれ！」

　他の騎士たちが化け物三体に切りかかった。

　化け物の咆哮、その爪を受けた者の血しぶき、叫び。

　大勢の騎士たちの奮戦によりなんとか死霊傀儡は切り裂かれ、その体は汚泥のようにあたりに散り散りになった。

　だが騎士たちは絶望の表情で、何度も眼にしたその光景を見下ろす。

「だ……だめだ、まただ……！」

　散らばった汚泥のような欠片は、またぞろぴくぴくと動き一箇所に寄り集まり始めた。

「ちくしょう、どうすりゃいいんだ！！」

　その時。

「第四騎士団、援軍に来ました！」

　騎士たちがはっと振り向いた。

　エスペルとフードを被ったライラが走ってくる。

「援軍、たった二人だと！？第四騎士団は何を考えてる！」

「あれは第四騎士団に入ったカブリアの聖騎士か！隣にいるのは誰だ？新入りの宮廷魔術師か？」

　駆け寄ったエスペルはいましがた負傷した騎士のそばに身をかがめた。

「三箇所も噛まれたのか！？まずいな、ヒルデを連れてくればよかった」

「……来ているが」

　えっと顔を上げると、ヒルデが腰を曲げて見下ろしていた。

「ヒルデ様いつの間に……！？」

　騎士たちがざわめいた。

「てめーはいっつも心臓に悪いんだ！」

「いいからさっさと化け物を退治しろ。負傷者達は俺が預かる」

「あ、ああ、分かった！」

　エスペルは化け物に向き合った。汚泥のようなものは既に合体して三つの塊になっていた。騎士の一人がおののくように言った。

「奴ら、もう……！」

「グガアアアアアアア！」

　真っ黒な汚泥が身の丈二メートルほどに地面から盛り上がり、赤い二つの光が宿った。そして雄たけびをあげる。

　死霊傀儡の復活である。

「ここは俺達に任せて、皆さんは逃げて下さい！」

　エスペルの叫びに、騎士たちがどよめく。

「わ、若造が何を！」

　エスペルはライラに耳打ちした。

「ライラは後衛に下がって魂（セフィロト）攻撃を頼む。俺がやつらを足止めする間に！俺はお前より霊眼の発動に時間がかかるんだ」

「いいわ。さっさとやっつけましょう」

　化け物はエスペルとライラの姿を認識すると、その目をますますドス赤く光らせた。

「えすぺルト、らイらアアアアアアァァァア」

　ライラが後方に駆け出し、エスペルは三体に向かって突進した。三体は向かってきたエスペルをぎろりと睨む。

　そして思ったとおり、三体はまずエスペル一人に狙いを定めて飛び掛ってきた。よし、と思う。

　一番近い真ん中の死霊傀儡を、左下から右上に斬り上げる。ギャっと叫ぶ声。

　左から襲い掛かってきた化け物の胴には、左足で蹴りを放つ。その一瞬後には、右の死霊傀儡の顎（あご）に、肘（ひじ）を打ち込んだ。

　左右の死霊傀儡が体勢を揺らした隙（すき）に、真ん中の死霊傀儡にもう一度剣をふるい、その体を分断する。

　左右から怒り狂った雄たけびがあがる。と同時にエスペルは身を沈めた。

　ずぶり。ぐちゃり。エスペルの頭上で妙な音がした。

　左の化け物の爪が右の化け物の額を貫き、右の化け物の爪が左の化け物の両眼を潰していた。化け物の醜い同士討ち。

　エスペルは右足を軸に、くるりと回転する。

　白いきらめきを放つ回転切りで、同士討ちする化け物の体は、両者ともすっぱりと切り裂かれた。

　それら全て、ほんのひと時の出来事。あっという間に、一人で肉片にしてしまった。

　戦意喪失していた騎士たちは、奇跡を見るかのように眼を見開いた。

「なんてことだ、たった一人であの化け物三体をばらしたぞ！」

「こ、これがカブリアの聖騎士……」

　ライラが腕を差し出した。

「傀儡魂（ギミック・セフィラ）、破壊！」

　どん、どん、どん、と腕から3発打ち込む。

　死霊傀儡の肉片の三分の一が、あっという間に消失した。

「いいぞライラ！」

　エスペルが叫ぶ。また騎士達がどよめいた。

「今の魔法はなんだ！？いとも簡単に倒したぞ！」

　だが残りの肉片が、寄り集まりながら逃げ始めた。仲間一体の消失を感知して危険を察し、防衛行動に出たのだろう。

　地面を這ってそそくさと逃げて行くその姿は、まるで魔獣スライムのようだ。

　死霊傀儡の肉片は、珍獣園の入り口から中に入ってしまった。エスペルは顔をしかめた。

「まずい、民に被害が！」

　それに他の騎士が答えた。

「大丈夫、民は既に避難させてある、園の中は誰もいない」

「よかった！行くぞライラ」

「ふん、命令しないでよね」

　文句を言いつつも、ライラはエスペルと一緒に走り出した。