第20話 報告・連絡・相談(2) 変な汁

「エスペル、ここにいた!」


 ローブを着たまま、フードだけ外しているライラが、エスペルを指差した。


 その後ろには、水色のふりふりメイドドレスを着た童顔巨乳のメイドが、盆に液体を満たしたグラスを載せて息を荒げている。


「なんで逃げるんですか、お客様あー!?」


 ライラはエスペルの背中に隠れた。


「こ……この子が変なの飲ませようとするんだけどっ」


「変なの?よお、シールラ」


「ノックくらいしてくんねえかなあ、シールラちゃん。いやそれよりお辞儀だ。お辞儀をしなさい」


 キュディアスが神妙な顔つきで言った。


「あ、皆さんお揃いでこんにちわ!乱入失礼します!お辞儀了解です!」


 シールラはお盆を片手で肩の当たりに持ち上げながら、ドレスの裾をあげてお辞儀した。


 すると広めの襟ぐりから、丸みを帯びた迫力満点の双丘がこちらに露になる。

 

「うむ!今日も良い眺めだ!」


 キュディアスは満足げにうなずいた。シールラはピンク髪ツインテールを左ゆびでくるりと巻き取りながらウィンクし、


「心に隙間が出来た時は、シールラの谷間をお呼びつけ下さあい♪」 


「は、はは……」


 いつものこととは言え、エスペルは引き気味に笑った。


 ライラと言えば、珍獣あるいは猛獣を見るような不安げな表情で、エスペルの背中からのぞいていた。


「っていうかあ!このお客様がお飲み物を断固拒否されるんですぅ!シールラの特製ミックス☆ジュースなのにい!」


 想定外の剛腕で、シールラはエスペルを横に押しやった。


「おわっと……」


 エスペルがよろめく。詰め寄るシールラにライラはのけぞった。


「い……いや……!」


 盾をなくしたライラはおののきながら後ずさり、どん、と背中を壁にぶつけた。


 シールラが迫り来る。愛くるしい目鼻立ちにまったくそぐわない謎の迫力で、


「勇気がいるのは最初だけ、はい、あーんってしてくださいっ!お口の中にたっぷり注ぎ込んであげますからあ!お口に入れたらぜーんぶ、ごっくんするんですよおおお!」


 ライラは涙目になる。


「じゅ、じゅーすって何よ!毒!?変な薬!?」


 エスペルが吹き出した。


「どっちでもないよ、ただの果物の汁だ」


「果物!?」


 ライラが拍子抜けしたように言った。シールラがにっこりする。


「そう、汁です!たわわな果実を揉みしだいて好き放題蹂躙してめちゃくちゃのぐちゃぐちゃにしてほとばしらせた、とろっとろの甘美なお汁のことです!」


「シールラちゃんは今日も詩人だなあ」


 キュディアスが感心したように腕を組み、思わずエスペルが突っ込みを入れた。


「団長、一度も詩を読んだことありませんね!?」


「ど、毒じゃなかったのね……」


 少し気恥ずかしそうに頬に手を当てるライラ。


「そんな心配なら俺が毒味してやるよ」


 エスペルはシールラの盆からグラスを受け取り、一口飲んだ。そのグラスをライラに差し出す。


「ほら、平気だろ」


「なによ、飲めっていうの?」


 ライラはあひるのように唇を突き出した。


「別に、どうしても不安なら飲まなくてもいい。無理強いなんてしねえよ」


 エスペルは爽やかな笑顔で、気を利かせて優しいことを言った……つもりである。

 しかしライラは、


「あなたが口つけたやつなんて汚い……」


「そこかよ!」


「い、いいわよ、飲んであげる、貸して!」


 ライラはエスペルの手からグラスを奪い取った。目をつぶって口をつけると、勇気を出して飲み込む。


「……おいしい。果物ってこういう風にできるの……」


 目をぱちくりさせて、グラスを見つめた。


「ですよねですよねー!?シールラの特製ジュース大評判なんですう!」


「ふ、ふうん……」


 ふと思いついてエスペルが尋ねた。


「そういえばセラフィムって何食べて生きてるんだ?人間の肉とか言うなよ?」


 ライラがきっとエスペルを睨んだ。


「気持ち悪いこと言わないでよ、そんなわけないじゃない!セラフィムが食べるのは、果物とか花の蜜とか……」


「わあ、セラフィムさんて乙女ちっくヘルシーですう!」


 シールラが盆を抱きしめて大きな胸をぐにゃりと潰しながらうっとりと言った。


 が、一瞬後に首をかしげた。


「セラフィム……?」


 ごほん、とキュディアスが咳払いした。


「この娘が例のセラフィムってことだな」


「はい、名前はライラです」


 答えるエスペル。


「本当にセラフィムなのか?ただの嬢ちゃんに見えるが」


 ライラはムッとした顔になる。


「嬢ちゃんですって?私は高次生命体セラフィム!いいわじゃあ見せてあげる!」


 言うなりローブを脱ぎ捨てた。後ろを向き、その背中を誇示した。


 キュディアスとシールラは、息を飲んでライラの背中から生える羽を見た。

 こんな間近で、セラフィムの羽を目の当たりにするのは初めてだろう。


 ヒゲとボインは同時に叫んだ。


「ちっさ!!」


「だ、黙りなさい!小さくても羽は羽よ!あなたたちなんて羽生えてないじゃない!私は羽が生えてるんだから!生えてないあなたたちより、ずっとずっと高次の生命体なんだからっ」


 ライラは顔を真っ赤にして力説する。


「ドレスのリボンみたーい!」


「リ、リボン!?」


 シールラはうんうんと首を縦に振った。


「さ、さては馬鹿にしてるのね!?こ、これはセラフィムが高次生命体であることの証であって、とってもとってもすごいもので……」


「やだ馬鹿にしてないですぅ!褒めてるんですよお?」


 キュディアスが割って入る。


「まあまあ、それは置いておて。嬢ちゃんがセラフィムだってことは分かった。嬢ちゃんはエスペルと一緒に戦ってくれる気はあるか?」


「一緒に戦う……?」


 ライラは問いかけるようにエスペルを見た。エスペルはうなずく。


「ただ共闘するだけだ。難しいことは考えるな。ライラの敵は、ライラを狙う存在。それだけでいい。死霊傀儡は今の俺たちの共通の敵だろ」


「あなたたちの組織に所属するつもりはないわ」


「分かってる」


「……まあ、いいわ。敵の敵は味方、共闘ね。とりあえず一緒に戦ってあげる。一人でアレと戦うよりは、効率が良いもの」


 そこに荒々しいノックの音があった。騎士服を着た男が扉を開けて敬礼をする。その腕には黄色の腕章がはめられていた。黄色は帝国領内の警備・警察業務を担当する、第三騎士団の色である。


「失礼いたします、キュディアス第四騎士団長!」


「おう、どうした?」


「帝都の珍獣園に、悪霊に似た見たことも無い化け物が出現し、暴れております!」


「なんと……」


「報告を受けて駆けつけた、我が第三騎士団が神霊剣で応戦しておりますが、倒せず苦戦しております!第四騎士団の救援をお願いに参りました!」


 エスペルが叫んだ。


「死霊傀儡か!」


 キュディアスはにやりとする。


「そいつの正体は分かっている。すぐに援軍に向かおう」


「ありがとうございます!失礼いたします!」


 黄色の腕章をつけた騎士が足早に部屋を去る。


 キュディアスの野太い号令がかかった。


「さあ、さっそく仕事だ!どうせお前らを探してるんだろう、責任とってこい!」


 エスペルは敬礼をした。


「かしこまりました!」


「……嬢ちゃんもな、頼んだぞ」


「ふん、頼まれなくても戦うわよ。ここまで来たら、生き残ってやるわ!」


「きゃーかっこいいしびれますう!エスペルさんライラさん、頑張ってくださあい!」


 シールラが緊張感のない声援を送った。ぴょんぴょん飛びはね、ぼよんぼよん胸を揺らしながら。

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