第18話 飛空敷

「……って、なによこの布!すっごい狭いんだけど!」


 宙を飛ぶ赤い敷物の上に、居心地悪くしがみつきながら、ライラが文句を言った。

 彼女はフード付のローブを着させられている。


 先頭に座るヒルデがむっとする。


「当たり前だ、ひとり乗りだぞ!飛空敷ひくうじきは頂点に位置する一握りの魔術師にしか使えない高等術だ、ありがたく思え!」


 飛空敷ひくうじき、いわゆる空飛ぶ絨毯が、帝都の上空をすいすいと飛んで行く。

 動力源として風精霊の力を借り、操作は使い手の少ない高等魔術「魔能」による念動で行う。帝都ですら滅多にお目にかかれない光景だ。


 しかも一枚の絨毯に三人も乗っているとなると、相当に珍しい。二人以上で飛空敷に乗るのは、違法行為だからだ。


 先頭にヒルデ、真ん中にエスペル、一番後ろにライラが座っていた。


「人間て不便ね、こんな妙なことしないと飛べないなんて」


 ライラの言葉にエスペルがえっと振り向いた。


「飛べるのかライラ……」


「と、飛べるわよっ!小さいけど羽生えてますから!」


「そんな小さい羽で飛べるのか?どういう原理で飛んでるんだ?」


 エスペルは悪気も無さそうに聞いて来る。


「うるさいわね、低次生命体が高次生命体のことを理解しようとしても無駄よ!」


「羽の力で物理的に飛んでいるわけじゃねえんだな。じゃあセラフィムの飛行は身体機能ではなく魔術の一種なんだろうな。あ、風精霊の力は借りてるのか?」


「あ、あなたほんとにうるさいわね。知らないわよ、とにかく飛べるのよ。っていうか私は飛べるんだから、自分で飛んで行きたいんだけど」


「それは駄目だ。ライラがセラフィムってばれたら帝都が大騒ぎになるだろ?そのローブも取らずにつけておいてくれよ」


「別に騒がれたっていいけど」


「駄目だって。この絨毯、居心地は悪いけど、落ちないように魔法は施されてるらしいぜ。古くて狭くて毛羽立ってるけどさ」


 エスペルの余計な一言に、ヒルデの頬がひくつく。


「いっぺん落としてやろうか……?」


 ライラのほうを見ていたエスペルが、前に振り向き直した。


「んー?なんか言ったかヒルデー?風の音が大きくて聞こえにくいんだー」


「なんでもない黙ってろ!ほら、見えて来たぞ、トラエスト城」


 平地を高い城壁で取り囲んだ、広大な敷地が見えてきた。


 大きな水色の宮殿が、眼下にその壮麗な姿を見せる。通称「空の宮殿」、トラエスト宮殿だ。

 宮殿を中心に据え、美しい庭を造園し、各官庁や宮殿勤めの人々の住居など、様々な建物が配置されている。


 この敷地全てを指し、トラエスト城と呼ばれていた。

 防衛の要に作られた無骨な城とは違う、権力と富の中枢としての優美な城だ。


 エスペルが目を輝かせた。


「すげえな庭園の幾何学模様!上から見るとああなってんのか〜」


「降りるぞ」


 ヒルデのおざなりな警告の後、絨毯はがくん、と直角方向に落下する。


「わわっ!」


「きゃっ!」


 突然の自由落下の肉体負担と風圧に襲われる。恐怖しながら必死にしがみついていると、地面すれすれでふわりと……体感的にはがくんと、絨毯は止まった。


「びっくりした、意地わりいなヒルデ!」


「ここまで乗せて下さりありがとうございますヒルデ様だろう!」


「じ、自分で飛びたい……」


 三人は絨毯から降り、ヒルデは絨毯をくるくると丸めて麻袋につっこんだ。


 トラエスト城の南門の前にいた。門番がこちらに掛けて来る。


「ヒルデ様、エスペル様、お帰りですか!そちらは……ヒルデ様のお弟子さんですかな?」


 門番は首をかしげて、フード付ローブに身をくるんだライラを見つめた。

 ヒルデは門番をにらみつけた。


「君はフードをかぶってりゃ誰でも魔術師に見えるのか?」


「は……いや……」


 ヒルデに肘鉄をくらわし、エスペルが慌てて取り繕った。


「そ、そのとおりです、ヒルデの弟子です!将来有望なお前の愛弟子だよな!」


「ふん」


「じゃそっちの通用口、通らしてもらっていいですか!」


「は、どうぞどうぞ!」


「ありがとうございます!」


 エスペルはため息をつきながら右手にヒルデ、左手にライラの手を引いて通用口をさっさと通り抜けた。

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