第17話 ライラの回復(3) 死霊傀儡

 ライラが上ずった声を出した。


死霊傀儡しりょうくぐつ!!人間の死体と死魂を加工して作られた、使い魔よ!」


 ヒルデの表情が嫌悪に染まる。


「貴様らは死者を利用してこんな化け物を作り出すのか!?なんて恐ろしい外法を!死者への冒涜だ!」


 死霊傀儡がくぐもった声を出した。


「グゲゲゲゲ……らいら……えすぺる……ミツケタ……!!」


 バリバリッ、と音をたてて窓の木格子が破壊される。物質化した人影のごとき化け物は、窓からどさりと部屋の床に降り立った。虚ろな口からは鋭い牙が覗き、その手には長いかぎ爪が生える。


「裏切リ者ライラと、チカラヲ持ツ人間エスペル……神ノ裁キヲ……」


 死霊傀儡は赤い目でエスペルとライラを見比べながら、ゆらゆらと近いづいてい来た。


「なるほど、俺たちへの追っ手ってわけか!」


 言ったエスペルは既に、壁に立ててあった神霊剣を手にしていた。悪霊退治用に清められ鍛えられた特殊剣である。騎士の装備品の一つだ。


 金切り声のような恐ろしい咆哮と共に、死霊傀儡が襲いかかってきた。

 エスペルは振り下ろされたかぎ爪を剣で弾き、胴のあたりに横薙ぎに払った。手ごたえあり、死霊傀儡は甲高い悲鳴をあげ後ろに飛びのいた。

 エスペルは神霊剣を両手で握り、振り被りながら死霊傀儡に飛びかかる。

 そして思い切り振り下ろした。重さを込めて。


 すっぱりと影のような体が切断された。


 ヒルデが口笛をひとつ吹く。


「さすが、腕はなまってないな。だが……」


 切断され二つに分かれた闇色の肉片は、消失せずぴくぴくと動いている。


「くそっ、どういうことだ!ただの悪霊ならこれで霧散するはずなのに!」


 顔をしかめるエスペル。分断された死霊傀儡は、自分の半身を探してはいずり始めた。


 ライラが進み出た。


「このままじゃまたくっつくわ!傀儡魂ギミック・セフィラを破壊するのよ、どいて!」


 ライラが死霊傀儡にむかって腕をさしだした。セフィロト攻撃を加える。


 三発の攻撃を打ち込んだところで、十個の傀儡魂ギミック・セフィラ全てが崩壊した。


「シュアアアアアアア」


 沸騰する湯のような異音を出して、死霊傀儡は消し炭のように消失した。

 後に残ったのは、室内に散乱する窓格子の残骸である。


「やった……!セフィロト攻撃三発でやれるのか、人間よりは頑丈だけどセラフィムよりはもろいってとこだな」


 エスペルががふうと息をついた。

 ライラがつぶやく。


「イヴァルト様の追っ手ね。セラフィムはここまで来れないけど、死霊傀儡なら可能だわ」


 ヒルデが肩をすくめた。


「やれやれ、帝都に謎の化け物出現、か。セラフィム襲来から一年半、やっと人心も落ち着いて来たのにな」


「……俺のせいかな?」


「さあな。とにかくそのセラフィムを連れて城に行き、今の化け物への対策を考えるしかあるまい。騎士団長に報告だ。貴様の死にかけって手紙はキュディアス殿にも見せたからな、心配されてるだろう」


「そうだな……」


 エスペルはライラを見遣る。それしかないのは分かっていた。

 ここでライラを逃し、人間たちの世界に放逐するわけには行かない。


「いいわ、私行くわ」


「ほ、本当か?」

 

 あっさりと承諾されて、かえってエスペルが驚いた。

 ライラは小首をかしげた。


「私はセラフィムに追われる立場になった。私には行くあてもないし、ついて行ってもいいわ。別に人間なんて怖くないし。あなたにだけ気をつけてればいいんだもの。あなたが変な気起こしたって、私はすぐ逃げる自信がある。とりあえず今は、死霊傀儡のほうが怖いわ」


「俺にだけに……」


 ライラの言葉に、エスペルの口許が緩んだ。


「そっか、言われてみればそうだな、お前にひどいことできるのは俺だけか……。俺の言葉、信じてくれたんだな?」


「えっ!?べ、別に私、そんなこと一言も言ってないけど……」


「ありがとな、信じてくれて!」


「いやだから……!」


 ヒルデが小さく舌打ちをした。


「どうも貴様らの会話の流れが気に食わんが……。まあいい、決まったな、行くぞ城に」


 エスペルはうなずいた。


「ああ!行こう、ライラ」

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