第12話 小さい羽の少女(2) 初戦闘
ライラがエスペルに片手をかざした。
その手からエスペルに向けて、目に見えない思念波が放たれる。
「くっ……」
強い衝撃を感じ、エスペルは胸を押さえた。鋭い痛みが走る。最奥にある大切な部分を傷つけられた感覚。
……だが。
ライラが驚きの表情を浮かべた。
「し、死なない!?」
「ふう、今度は気絶しなかったな。ヒルデのとこでの訓練が効いてるな」
エスペルが冷や汗を垂らしながら笑みを浮かべた。
これなら、行けそうだ。
「そ、そんな、
「じゃあこっちも行くぜ!」
「バカね、あなたたちの攻撃なんてセラフィムには効かないわ!
——
ライラが両手の指を合わせて三角の印を結んだ。
「出たな例の防御魔術、だがっ!」
エスペルはライラをじっと見つめた。訓練をしっかり思い出す。多くの小動物を犠牲にして開発した、霊眼。犠牲が無駄になっていないことを祈った。
エスペルの視線にたじろぎ、ライラの瞳が不安げに泳いだ。
「な、なに……?何する気よ!」
エスペルの目に映るライラの姿が、水面に映る像のように揺らいだ。揺らぎの中にぱっぱと点滅する像があった。
白く輝く十個の光が、セフィロトの樹の形に並んでいた。
セフィロトの樹はくるくると規則正しく回転している。まるで自転する地球のように。
ヒルデの解説が脳内に蘇る。
『全ての生命体の魂は、十個の光る玉の形を取る。いわゆるセフィロトの樹、生命の樹と呼ばれるものは、強力な霊能者が見た、魂の姿を模写したものなんだ』
肉体の中に精神があり、精神の中に魂がある。
魂、それは生命の最奥に宿るもの。
生命の本体。
「……捕らえた」
エスペルの両目の瞳の上に、今はっきりとセフィロトの樹の図形が浮かんでいた。
霊眼が、開いた。
エスペルは手にためていた殺意の念を、呪術形式に展開する。レンズのように空間を歪ませる透明な球体が、手の中に発生した。
手を突き出し、放つ。
「
透明な球体はレリエルの「セフィロトの樹」めがけてまっすぐ直進、それを貫いた。
「つっ……!」
ライラの表情が苦しげに歪んだ。エスペルは手応えを感じて様子を窺った。
「どうだ!」
「痛っ……!に、人間のくせに
「残念、死ななかったか」
「これくらいで死んでたまるもんですか!」
「鼠みたいにはいかねえな。だが、繰り返せば、どうだ?」
エスペルの言葉に、ライラは不敵な笑みで応答した。
「それはお互い様よ!あなたの
エスペルの頭の中で、再びヒルデの解説が回る。
『生命体は、魂を構成する十の光、すなわち
「じゃあ試してみるか!」
「望むところよ!」
攻撃は同時に始まった。ライラがエスペルに片手を突き出し、叫ぶ。
「
その手から思念波が発せられ、エスペルに直撃した。強烈な激痛と共に、エスペルの脳内で、パリン、と何かが割れる音がした。
「こ、これが
即死条件は十の
死にさえしなければ、破壊された
つまり最悪、最後の一つさえ守りきれば、生き残れるのだ。とはいえ残り一つの状態になると気絶し行動不能になるので、最低二つは残しておかねば勝てないだろう。
エスペルはくるくると回転する十個の光の玉、ライラの魂をしっかりと目に捉えた。
強力な念を送る。さっきよりもずっと強く。
「
先ほどは手のひらサイズだったが、今度は直径一メートルはある球体が発生し、ライラの魂を直撃する。
強烈な呪殺の熱に照射され、三つの光の玉、
「くあっ……!」
ライラの体が雷撃を受けたように痙攣した。震えながら腹を押さえ、エスペルを睨め上げる。
「し、信じられない、一発で……三つ同時破壊っ……!?」
エスペルはくっと口角を上げる。勝ちを確信した。戦い方さえ分かれば、想像していたより天使は弱い。
「まだ元気そうだな、結構タフじゃねえか」
ライラが唇をかむ。苦しげに手をかざし、
「……
パリンと割れる音と共に、エスペルの呼吸が一瞬止まった。二つ目を破壊された。斧で切りつけられたような激痛が走った。エスペルは痛みを懸命に堪え、両手を突き出す。ぐずぐずして足元を掬われてはならない、一気に片を付けねば。
「くっ……。もう一回……三つ行くぞ!!」
「うそっ……!」
「もらったああ!
レンズのように空間を歪ませながら、透き通る球体がライラの
「いやぁっ!!」
ライラが悲鳴と共に、その場に崩れ落ちた。
「くうっ……。あ、頭が割れそうっ……!」
ライラは横向きに倒れ、両腕で頭を抱えた。滝のような汗を流して、激痛に耐えている。
「そ……そんな……なんで人間がこんな?い……きなり六つも……
一方、
「はあ……はあ……。もう穴ぼこだらで後がないぞ、お前の命!」
ライラはよろめきながら立ち上がり、エスペルをにらみつけた。気丈に振舞っているが、全身が震えており、ぎりぎりの状態であることが分かる。
あと一息で殺せそうだ。
だがその時、エスペルの胸がちくりと痛んだ。
……やり過ぎただろうか?
いやしかし、相手はセラフィムだ。エスペルはずっとセラフィムを殺したかったはずだ。
この最も憎悪すべき、恐ろしい虐殺者たちを。
ライラはじりじりと後ずさり、死の霧をちらりと見た。
「悔しいけど、ここは結界の中に……神域に撤退して、破壊された
「私に何を報告すると言うのだ、ライラ?」
頭上から声が聞こえ、ライラははっとして見上げた。
男のセラフィムが宙から降り立つところだった。肩まで金髪を伸ばした、容姿端麗ではあるが、冷たい眼差しを持つ男。
飛んできた男に、エスペルが舌打ちをした。
「仲間が来たか!」
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