サガ

@araki

第1話

「愛は秘めやかに進めるものよ」

 マナは蠱惑的な瞳で唇に人差し指を当てる。その人差し指にしゃぶりつきたいという考えがどうしても頭を離れない。餓えの感覚で気が狂いそうだった。

「見て」

 指が名残惜しそうに唇を離れ、そのまま下を向く。誘われるように視線を下ろせば、床下の光景が目に入ってくる。

 絡み合う二匹の身体。互いが互いをひたすらに求め合う姿はこもるような熱を内包し、どこまでも純粋であると確信できた。

「あれは一つの到達点。けれど私たちはその先に行かないといけないの」

 先? 先とは何だろう。あの光景以上に切実なものがあるというのだろうか。

「相手と一緒じゃなきゃ確信できない愛はまだ稚拙。現実に根拠がどこにもなくとも実感できる感覚。それが私たちの目指すべき境地よ」

「僕らの愛は孤独なの?」

 マナはゆっくりと頷いた。

「傍から見ればね。けれど、私たちはそれを感じない。愛が内にあるなら寒さを覚える余裕なんてないでしょ?」

「……相変わらず強いね」

 諦観に近いため息が漏れる。マナは常に光を抱えていた。僕らの世界にとってそれは無用、どころか命を危険に晒す存在だった。にもかかわらず、彼女は決してそれを捨てようとしなかった。

 今に至ってもそれは変わらない。その眩しさに僕は後ろめたさを覚えた。

「何を言ってるの?」

 マナが僕の頬に手をやると、じっとこちらを見つめてきた。

「突き放さないで。あなたも一緒に来てよ。その確信があるからこそ私たちは先に進めるんだから」

そう話すマナの指は震えていた。……ああ、そうか。

「やっと分かった気がする」

「遅いわ」

「ごめん」

「許さない。その思いは行為で示して」

 そう言って、マナは目を閉じた。

「……ありがとう」

 僕はその愛しい毛皮を撫でる。そして、彼女の頭部に牙を突き立てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サガ @araki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る