幼馴染を名乗る転校生が謎の物体を食べさせようとしてきて困る

rinaken

序章 食えそうにない

思い出せない

 冬妻ひよつまホタルは、この春からの転校生だった。七浦ミハルが高校に進学して最初のゴールデンウィークのあと、転校してきたのだ。

 春先に転校してくるなら四月のほうがキリがいい。親の都合で準備が間に合わなかったと教師は説明したが、五月の中途半端な時期の転校は、ちょっとしたミステリアスなスパイスだった。

 ホタルは、腰まで伸びた銀髪に、日本人離れしたスタイルで、ミステリアスな演出に見合うインパクトを学校中の生徒に与えた。

 一方、ミハルは、離島の出身で、中学まではその島の学校に通っていた。だから、本島の高校の同学年に知り合いはいなかった。ミハルは、春から孤独な高校生活を送ろうとしていた。

 ホタルは、教室で教師に紹介されたときは実におしとやかだった。母親がデンマーク出身でデンマークで育ったから日本のことはよくわからないのだと、流ちょうな日本語で自己紹介した。

 そのとき、ミハルのことは一瞥しただけだった。ホタルは休み時間にはクラスメイトに囲まれ、他のクラスからも一目見ようと人が集まってくるほどだった。

 ミハルには、自分には縁遠い人間のように思われた。去年までは同じように日焼けした何人かと一緒に海や山を駆けずり回っていたような人種と、コペンハーゲンだかどこかの遠い都会から引っ越してきたような深窓の令嬢とのあいだには、きっと何の接点もないはずだ。


 それから数日後。

 学校が終わり、ミハルが下宿する寮に帰りつき、その扉に手をかけた瞬間。その転校生が突然、物陰から飛び出してきた。

「会いたかった!」

 ミハルはまるで母親に抱きすくめられた子どものようだった。

「ちょっと、冬妻さんだっけ!? いったい何?」

 ミハルは驚いて突き放した。

「え? わたしのこと、覚えてないんですか?」

 そう言って、ホタルは涙を拭った。

「銀髪の女子に知り合いなんていたことねーよ」

 そもそも、同年代の少年が島には数人しかいなかった。銀髪の女子などミハルに見覚えはなかった。

「髪の毛の色? そうですね、昔は黒かったかも、です」

 ホタルは髪の毛をいじりながら言った。

「目立たないように黒くしてたんですね、きっと」

 自分のことなのにわからないのか、とミハルは不審がった。

「そんなことより、ミハルを見つけることができて、わたし、死ぬほどうれしかったんです!」

 そう言って、ホタルはまたミハルに抱きついた。すらりとしてしなやかな体型なのに、出るところは出ている。ミハルは顔を真っ赤にして喘いだ。

「冬妻さん! こんなところでやめなって!」

「じゃあ、ミハルの部屋に行きましょう」

 ホタルはこともなげに言った。

「寮は連れ込み禁止!」

 いかにもしょんぼりと寂しそうなホタルの顔を見て、ミハルは罪悪感に駆られた。

「もしかしたらどこかで会ったことがあるのかもしんねーけど、今は思い出せないから……ごめん」

 すると、ホタルがごそごそと自分の手提げカバンのなかを探り出した。

「じゃあ、これ食べてください。そしたら思い出すかも、です」

 ホタルは、カバンのなかに手を突っ込むと、赤黒い物体をミハルの目の前に突き出してきた。生臭い匂いがミハルの鼻を突いた。

「これ……何?」

 ミハルは可憐な転校生が突然取り出したグロい物体に度肝をぬかれた。

 ホタルの手のひらには、形容しがたい質感を伴った四面体が握られていた。指の隙間から、赤黒い粘液がしたたっている。

「大変だったんです、これだけ切り出すのは。さあ、食べてください」

「いや、無理でしょ。生臭いし。血? マジでこれ何?」

「うーん、そう言われてみれば確かに、このままだと食べにくいかもですね」

 そう言うと、ふと何かに気づいたような表情を見せ、ホタルはそのモノをカバンにそのまま突っ込んだ。

「わたしのこと、ほんの少しでも思い出したら、食べる気になるかも、です。じゃ、また明日。さようなら」

 ホタルは、出てきたときと同じように唐突に去っていった。


 それが最初だった。ともかく、そのときのミハルは、そう思った。

 

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