第120話 凶悪な状況

「ギーゼったらいきなり、あんな堅苦しい挨拶をするんだもの。びっくりしちゃった。それにフェイが同じような、いえむしろ上からの返事をしたのにも驚いちゃったわ」

アーセルの咎めるような視線と言葉に勇者様が答える。

「アーセル、あれは貴族としてのセレモニーのようなものだよ。そしてその場合フェイウェル殿は、子爵であるヘンゲン家よりはるかに上位の侯爵として返事をしないといけないから、ああいった返事にならざるを得ないんだ」

アーセルは納得できないようで

「フェイやミーア相手にまでそんなことしないといけないの」

「アーセル、フェイウェル殿やミーア殿は帝国の英雄であり守護神であり上位貴族たる侯爵なんだよ。どこにどんな目があるか分からない以上は最低限の作法は必要になる。だからこそ、あの挨拶ではフェイウェル殿は上位者としての返事をしてくれたのだよ。ま、貴族としての立ち廻りだな。アーセルにもおいおい覚えてもらうことになる。悪いがこれは覚悟してくれ」

「それはそれとして、スタンピード対策なんですが、僕とミーアが2人で出ます。騎士団の皆さんと勇者様のパーティーは討ちもらしというか抜けていった魔獣の対応をお願いします。特に勇者様のパーティーは十分に余力を持って対応してください。もし王種がいた場合そちらの討伐をお願いすることになりますから。もちろんその場合スタンピードの対応が終わり次第僕たちも駆け付けます」

僕が作戦をそう伝えると勇者様は予想通りの反応を返してきた。

「いやいや、それではフェイウェル殿とミーア殿ばかりに負担がおおきすぎます。我らとて多少はお引き受けできます」

「いや、騎士団にしろ勇者様のパーティーにしろ前に出てこられると魔獣の敵意が分散してやりにくくなるので横を抜けた魔獣の対応だけにしてください。もっとも基本的には抜かれるつもりはないですが」


 そんな話をした2日後の昼前。森が弾けた。

「スタンピードが始まりました」

騎士団長が震える声で勇者様に報告をしている。それを聞いた僕とミーアはウィンドドラゴン素材の防具を黙って身に纏う。ドラゴン皮のレザーアーマーをベースに要部をドラゴンの鱗とオリハルコンで補強した軽装部分鎧は勇者シリーズを除けば既にあらゆる重装鎧よりも防御力が高い。

「出る」

一言宣言し、僕達はノーリスの門を出る。チラリと目と目を見合わせスタンピードに向け駆け出す。ここからは2人きりの戦場。故郷の村で背中を任せ合って以来、僕の背中を任せるのはミーアだけ。そしてミーアの背中を守るのは僕だけ。時に並び時に背を合わせ戦いの場に身を置く。ミーアが一緒なら僕はどんな過酷で理不尽な戦いにも不安はない。狩人の祝福にウィンドドラゴンの祝福が上乗せされ既に僕たちの駆ける速さは騎馬でさえ凌ぐ。あっという間にスタンピードの現場にたどり着いた僕たちの目にしたのは上位魔獣ばかりが次々と森から溢れ出る凶悪な状況。

 一瞬のアイコンタクトの後、僕たちは魔獣の陰の最も濃い中心に向けて竜の魔法を放った。

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