第104話 100話突破記念SS「幸福の種」

 今日はあたしとアーセルねぇ、そしてフェイにぃの3人だけでの初めての狩り。あたしがどうしてもフェイにぃと一緒に狩りをしたいと無理を言って機会をつくってもらった。狩弓とナイフがあたしの装備。実戦で弓を使うのはほとんど初めてで何度点検をしても不安。腰に横向きに装備したナイフも訓練はしているけれどきちんと使えるのかな。ちらりとフェイにぃを盗み見るとお父さんと打ち合わせをしているのが見えた。

「ではフェイ、くれぐれも森の奥には行かないように」

「はいティアドさん、2人をきちんとゆっくり森に慣らすようにします。無理は絶対にしません」

「フェイ兄さん、早く行こうよ」

「アーセル、そんな慌てていてはフェイに迷惑になりますよ。森では落ち着いて行動すること。まだあなたの癒しは大きなケガをすぐに治せるほどになっていないのだから。ミーアちゃんを見なさい、落ち着いて弓の準備をしているでしょう。アーセルは準備は大丈夫なの」

「うう、お母さん、分かってるもん。ちゃんと杖の準備は出来てるし、ナイフだって確認して腰につけてるし、ちゃんとします」

あたしもちょっと気になって

「ね、お父さんあたしこれで大丈夫よね」

「大丈夫だよミーア。それにフェイはもう十分1人前の狩人だからね。フェイの言う事を聞いていればちゃんと狩りをして帰ってこられるよ」


「アーセル、ミーア。準備が出来たらこっちに来て」

向こうでフェイにぃが呼んでいる。アーセルねぇももう行くみたいだ。あたしも何回も確認したし大丈夫。両手で自分の頬をパンっと叩いてフェイにぃのところに行く。

「フェイにぃ、今日はよろしくお願いします」

あたしが挨拶をすると

「おいおい、ミーアなに緊張してるんだよ。俺たち3人なら大丈夫心配ないって」

フェイにぃは笑顔で答えて、右手をそっと伸ばしてあたしの頭を撫でてくれた。あたしもアーセルねぇもフェイにぃに、こうして頭を撫でてもらうのが好きでつい甘えてしまう。そんなあたしの頭を撫でながらフェイにぃが続ける

「今日は、ふたりが森の表層の狩りに慣れるのが目的だからね。絶対に無理しないこと。それと今日の狩りの対象はリトルラビットとスモールボア、それぞれのハグレだけ。間違っても群に手を出さないこと。いいね」

「はあい」

フェイにぃは狩弓を手に、腰に短剣をさしてあたしたちを先導してくれる。村の中で一緒に遊んでいる時とは全然違う。そこにはキリリとして、あたしたちより一足先に大人になったフェイにぃがいた。ふと隣を見るとアーセルねぇもちょっと頬を赤く染めてフェイにぃに見惚れている。ひょっとしてアーセルねぇはフェイにぃのこと……


「よし、いたぞ。あそこにリトルラビットのハグレがいる。2人ともわかるか」

小声で声をかけてくれるフェイにぃの指差す先に土に汚れ少し茶色くなったウサギ型の魔獣が1匹いた。あたしが頷く横でアーセルねぇもしっかり見ていた。

「先に打ち合わせした通り、まずはミーアが弓で射る。それで倒すことが出来ればそれでいい。倒しきれず襲ってきた場合は、まずアーセルが杖で迎撃して時間を稼ぐ。その間にミーアは近接武装に持ち替える。そして持ち替え次第ミーアが前衛として前に出る。アーセルは後衛に下がったら聖女の魔法でミーアを援護すること。良いね」

あたしとアーセルねぇは頷いて同意する。

「よし、やれ」

フェイにぃの合図であたしは弓を構える。1度深呼吸をして、しっかり狙う。あたしも狩人の祝福持ち、このくらいなら。集中が高まり狙いが定まり、放つ。額を矢が射抜き、リトルラビットはその場に倒れた。

「やった」

あたしは思わず快哉を叫ぶ。

「こら、静かに」

フェイにぃに注意されてしまった。シュンとしたあたしにそれでも

「でも、よくやった。ミーアの弓の腕は十分に狩人としてやっていけるレベルだよ」

そんな風に褒められるだけで、あたしは嬉しくなってしまう。

「ぶう、ミーアだけ。あたしだって出番があれば頑張るのに」

「ははは、アーセルも焦る必要は無いよ。そのうち出番あるから。なんなら次はアーセルが前に立つか」

「え、良いの。やりたい」

「じゃ、次は俺が引いてくるから、アーセルが戦ってみようか」

「え、本当。やるやる」

「アーセルは自分の戦い方は分かってるよね」

「うん、少し距離をとって杖で叩いたり突いたりするのが基本で、近づかれちゃったらナイフを使えばいいのよね」

「そうだけど、できるだけ近づかれないように立ち回ってね」

「ほーい」

フェイにぃは、お気楽なアーセルねぇに苦笑しているけれど、きっと上手にサポートしてあげるんだろうな。ちょっとうらやましい。そしてフェイにぃが誘導してきたリトルラビットを相手にアーセルねぇが杖で戦う。多少ぎこちなかったけれどなんとか1人で倒していた。

 そうしてしばらくフェイにぃが見つけて、あたしとアーセルねぇが倒すという練習を繰り返していた。そこにフェイにぃは

「そろそろかな。ミーアは探知使えるよね」

「うん、でもまだ100メルドが精いっぱいだし、ミスも多いの」

「それでも探知は使うだけならリスク無いから。どんどん使っていこうか。ただし実際に攻撃するまえに俺に聞くこと」

「う、うんじゃあ、やってみるね」

フェイにぃに言われ、あたしは探知を展開する。

「あ、あそこにいるみたい」

フェイにぃに言うと

「うん、正解。じゃあミーアが弓でアーセルはとりあえず、ミーアをカバーして」

そんなことを何度か繰り返していると、あたしもアーセルねぇも楽しくなってきていた。

「あ、あそこにいる。ねえアーセルねぇ。ふたりでナイフで仕留めてフェイにぃを驚かしてやらない」

あたしが見つけたのは1体のスモールボア。アーセルねぇと2人掛かりなら十分に倒せる。あたしとアーセルねぇは目と目を見合わせ、一気に駆け出した。

「あ、こらそっちはダメだ」

フェイにぃの声も聞こえずに。

初撃はあたしだった、アーセルねぇの聖女の祝福は治癒魔法を中心とした支援系で身体を動かすのは祝福の無い人よりは少しマシな程度だから、一緒に走ればあたしの方が先になるのは自然だった。そして初撃を入れたあたしにスモールボアは敵意を向けている。そこに横からアーセルねぇが攻撃すれば勝てる……はずだった。

 あたしとアーセルねぇはただひたすら逃げている。あたしはアーセルねぇの手を引いて。そうでないと狩人の祝福を頂いているあたしはアーセルねぇをあっという間においていってしまうから。フェイにぃのところまで逃げればどうにかしてくれる。それだけ思って。ほんの50メルドが遠い。あたし達みたいな子供がフェイにぃを驚かそうなんて思ったからバチがあたったの、そんな風に思いながら必死に走った。向こうからはフェイにぃが必死の表情で向ってくる。その手にいつのも狩弓ではなく短剣をもって、でもこんな余裕のないフェイにぃは初めて見たかもしれない。あたし達とスモールボアの群れとの間に割り込んだフェイにぃは

「ミーアは弓で援護を、アーセルは防御しつつ適宜回復をしてくれ。俺が前衛で支える」

それだけ言うとフェイにぃはスモールボアの群れの前に立ちふさがった。1体や2体ではない10を超える群れをフェイにぃは短剣1本で抑えてくれている。スモールボアの体当たりで何度もフェイにぃが傷つく。アーセルねぇはずっと聖女の治癒魔法でフェイにぃを治療しつづけている。あたしがあんなこと言わなければ、こんなことにならなかったのに。

「ミーア、落ち着いて、弓で1体ずつ頼む。ミーアなら出来る。慌てず焦らず弓で射るんだ」

フェイにぃの言葉にハッと気付き、あたしは震える手に弓を構えた。焦りと恐怖に狙いが定まらない。それでもどうにか射る。いつもならこんな距離で外すなんてこと無いのに、まともに狙えない。そんな役立たずのあたしが狙いを外している間にもフェイにぃは傷を負っている。アーセルねぇの治癒魔法で少しずつ治っているけれど、新しいケガの方が多い。あたりまえだ、あんな沢山のスモールボアを1人で抑えてくれてるんだから。あたしはそこでやっと少しだけ冷静になれた。やみくもに矢を射てもだめ。少しずつでも数を減らしてフェイにぃを援護しないと。あたしは1度深呼吸をして、スモールボアを狙いなおす。群れを狙う時に気をつけないといけないのは群れ全体を見ない事。狙うのはその中の1体。狙って射る。やった、1体倒した。落ち着いて少しずつ……

 最後のスモールボアをフェイにぃの短剣が切り裂いた。

「やっと、終わった。2人ともケガはないか」

フェイにぃは自分こそケガだらけなのに、あたしやアーセルねぇの事を先に心配してくれる。

「フェイにぃ……」

あたしは我慢が出来なくなってフェイにぃに抱きついてしまった。

「ごめんなさい。あたしが勝手なことしたから」

泣きながら謝ると。フェイにぃは困った顔をして

「うん、今回はみんな無事だったからよかったけど、油断するとどうなるか分かったね。次からは気をつけよう」

アーセルねぇはずっとフェイにぃに治癒魔法をかけ続けている。もう少しでフェイにぃのケガも治るだろう。

「アーセルありがとう。もう大丈夫だよ」

フェイにぃの言葉に治癒魔法を止めたアーセルねぇはふらりと身体を傾けたと思うと、そのままへたり込んでしまった。魔力を使い果たしたんだろうな。あたしももう立っていられそうもない。フェイにぃの手を借りながらゆっくりと腰をおろす。そして一息入れているとフェイにぃが腰に手を当てて真剣な顔であたし達に注意を始めた。

「今ので分かっただろ。不注意に特に群れを作る魔獣に手を出すとどうなるか。きちんと周りを確認してハグレだと確信してから手を出さないと駄目だからな」

そういえばアーセルねぇが魔力使い果たすほど治癒魔法を掛けなきゃいけなかったってことはフェイにぃ、ひょっとしてかなり危ないとこだったんじゃ。危なくあたし達のせいでフェイにぃが……そう思ったら血の気が引いた。

 少し休憩すると、フェイにぃがあたし達に声を掛けてきた。

「今日は、ここまでにするよ。もう2人とも、いや俺自身もそこそこ限界だからね。本来ならもう少し余裕があるうちに戻らないといけないんだけど、今回はアクシデントだったから……。ま、こういう時は早めに切り上げるのが良いんだよ」

フェイにぃはもうなんでもないことのように言っている。でも、さっきのあたしの失敗は本当はフェイにぃの命さえ危なくしてた……。あたしがそんなことを考えているなんて気づきもしないでフェイにぃはあたし達を先導して村に帰った。

村に帰ったあたしたちは、大人たちにこっぴどく叱られた。

「わかっていないと思うけれど、お前たちのやった事は本当ならフェイに見捨てられても仕方のない事だったんだぞ。自分勝手な行動で大量の魔獣を引き寄せパーティーメンバーを危険にさらすなんてのは最低の行動だ」

「はい。あたし達は、あやうく自分たちだけでなくフェイにぃの命まであやうくさせました。ごめんなさい」

「ヨシフさん、ティアドさん、もう2人も十分に反省しているのでそのくらいで。なにより今回は無事に帰ってこられたのですから。それに、アクシデントはありましたけど、2人はそこから逃げませんでした。怖かったと思います。不安だったと思います。でも俺の背中をきちんと守ってくれました。今回の事があったからこそ、むしろこれから俺たちはパーティーとしてお互いに助け合って背中を任せる間柄になれると思います」

フェイにぃは、こんなあたし達をパーティーメンバーとして認めてくれている。なんかドキドキしてきた。フェイにぃ大好きずっと一緒にいてね。

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