第84話 動き出す伏龍
僕は今寝室の扉の前に立っている。グラハム伯には、ああ言ったものの自分自身でも心の中が空っぽで以前のような気力がわかない。それでもミーアに対する愛情だけは残っていてせめてミーアを慰めたい、少しでも元気にしたいとそれだけの想いのために身体を動かす。
寝室に入るとミーアがベッドにポツンと座ってぼぉっとしている姿があった。僕は何気なくその隣に座る。ミーアが僕の肩に頭をのせて寄りかかってきた。僕はミーアの身体に腕をまわしそっと抱き寄せる。
「ラーハルト、可愛かったよな」
「うん」
「ピョンピョン飛びついてきてさ」
「うん」
「両手を伸ばして抱っこをねだってきてさ」
「うん」
「高い高いするときゃっきゃとはしゃいで喜んでくれたよな」
「うん」
「パパ、ママって甘えてだきついてきたよね」
「うん」
「笑顔が可愛くて……」
「うん」
「はしゃぎ疲れるまではしゃいで、いつの間にか寝ちゃって……」
「うん……」
「青野菜が苦手で、食べさせようとするとべーってすぐ吐き出したよな」
「うん」
「花を摘んできてミーアの髪に飾ってママ綺麗って」
「う、ん……」
知らず僕の頬を涙が濡らしていた。ミーアも嗚咽を漏らし……
「なんでラーハルトがあんな目に合わないといけなかったんだ」
「ラーハルトになんの罪があったっていうのよ」
僕とミーアは、それから抱き合って泣いた。そしていつしか泣きつかれて2人で抱き合ったまま眠ってしまった。
翌朝、目を覚ますと僕はミーアを胸に抱きながら寝ていたのに気づいた。その表情は昨日より少しだけ険が取れ本来のミーアの魅力が滲んでいた。僕はそのままミーアを胸に抱き寄せ微睡む。今日はこのままミーアが起きるまでこうしていよう。
「ん、……」
僕の腕の中でミーアが身じろぎをした。閉ざされた瞼がうっすらと開き目覚めの微睡みにあることがわかる。徐々に意識が浮上し目に光が戻る。僕の顔を見てふにゃりと薄く微笑んだ。以前の太陽のような笑顔ではないけれど、久しぶりに見た愛する妻の本当の笑顔だった。僕はミーアをそっと抱きしめ口付けを落とした。
僕とミーアは久しぶりに朝食のテーブルについている。きちんとした食事をするのはいつ以来だろうか。
「パンってこんな味だったんだな」
「うん、ハムもチーズも……忘れてたね」
微笑みを見せるミーアだけれど、その微笑みには以前は無かった影が宿っている。きっと僕の表情も一緒なのだろう。それでも少しだけ前を向けたのだろうか。僕はミーアに提案をしてみる。
「ミーア、今日はラーハルトの墓参りに行かないか。そのあと森で八つ当たりをしてこようよ」
少し驚いた顔をしたミーアだったけれど、頷いてくれた。
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