第43話 綻びた絆

「王種です」

ゲーリックさんの顔色が変わった。

「あれは勇者が聖剣を持たないと討伐出来ないはずだが」

「だから後ろにいるでしょう」

ゲーリックさんはじろりと見やり、

「無理だな。いったいどんなトリックを使った」

どうやら王種討伐自体は疑っていないようだ。

「別に特別な事はしてませんよ。僕とミーアが王種を引き付け、勇者様がスキをついて聖剣で切りつける。ただそれだけの事を繰り返しただけです」

「ただそれだけ……。それがどれほど困難なことかを。まあいい。それで討伐報告か」

「ええ、勇者様のパーティーが討伐主体で、今言ったように僕とミーアがサポートした感じで低位の王種リトルデビルを討伐しました。したに死骸を置いてあります確認してください」

「わかった。確認と国への報告はこちらで行おう。他には何かあるか」

「討伐中に余波で結界が1つ破損しました。復旧依頼も一緒にお願いします」

後ろで勇者様とそのパーティーメンバーが息をのむ気配がしたけれど、そこは知らない顔で押し切ることにした。

「ああ、わかったわかった。なんとかしよう。それ以外はどうだ」

僕は周りを見回し、特に誰もなさそうだったので

「そんなところでしょう。また後で何か気づいたら連絡させてもらいますよ」

「わかった。それでだ、本当に王種には聖剣以外効かないのか」

「まったく効果ありませんでしたね。僕もミーアもオリハルコンコートの剣を使ったのですが、身体を切れないどころか目や口に突き入れても、敵意を向けさせる以外にまったく効果ありませんでした」

「お前たちの腕でそれじゃ、本当に聖剣以外は効果ないんだな」

ゲーリックさんはがっかりしたように溜息をついて続けた

「とりあえず、その王種とやらを見させてもらおう」



リトルデビルの死骸を前に僕が示す

「これです。僕の知識が間違っていなければ低位王種リトルデビルのはずです」

体長およそ3メルド、物語にでてくる悪魔のような外見。ゲーリックさんもそれを見て

「そうだな、オレの見立てでもリトルデビルだ。国から返答が来たら、連絡しよう。フェイウェルとミーアは「夜の羊亭」でいいんだよな。勇者一行の宿はどこだ」

それに対して勇者様が返事をする

「森の菜園亭にギーゼルヘーア・フォン・ヘンゲンの名前で泊まっている」

「了解だ。多分2、3日で連絡を出来ると思う。それまでは連絡さえとれるようにしておいてくれれば、後は自由にしていてくれてかまわん」



ギルドを後にし、僕たちは「幸福な夢」に来ている。

「ここの夜定食は旨くてボリュームもあってしかもお値段お手頃で最高なんだよな」

勇者様パーティーの戦士レミジオが嬉しそうにしている。

「僕のイメージではちょっと前まで勇者様ってもう少し高級なところで食事をしていると思ってましたよ」

横でミーアも頷いている。

「まあ、我らは確かに一般の冒険者よりは金回りはいいがな。普段の食事にまで贅を尽くしていてはさすがにもたんよ」

「ああ、まあそうですね。国元にいるわけじゃないですからね」

「それにしてもフェイってあんなにハッタリ利かせられるタイプだった」

アーセルが不思議そうに聞いてきた。

「ハッタリって何のことだ」

「ギルドでさらっと結界の修繕まで依頼しちゃってさ」

「そうだな。以前のフェイウェル殿は実直で有能な狩人ではあったが、ああいったことを得意としているようには見えなんだな」

勇者様までこんなことを言ってきた。

「スタンピード後に色々ありましてね。駆け引きの初歩くらいは覚えました。勇者様も子爵家の嫡男なら、多少は覚えもあるのではないですか」

「そう、であるな。貴族だ上流階級だと言っておっても、裏では他人を蹴落とすことに終始しておるような俗物のいかに多いことか。同じ欲望でも冒険者たちの方がよほどストレートで気持ちが良いわ」

「スタンピード後の色々ってどんなことがあったのフェイ」

そう言って聞こうとするアーセルを勇者様がたしなめる。

「アーセル、おそらく聞いて気分のよい話ではないぞ。やめておけ」

「ええ、でもフェイは、切り抜けてきたって事でしょ。それなら教えて欲しいな」

「フェイを取り込もうとしてきたのよ」

ここまで黙っていたミーアがボソリとつぶやいた。

「え、そりゃ英雄になったフェイを自分たちの陣営に取り込みたいって思うのは別に変じゃないでしょ」

「やめなさいアーセル。それ以上はいけない」

勇者様が強く止める。キョトンとするアーセルにミーアが言葉を突きつける。

「フェイのお父さんの事、アーセルはどこまで聞いてるかな」

「え、とても強い冒険者だったけど、事故で亡くなったって聞いているけど」

「そう、その程度なのね。フェイ、お義父さんのこと話していいかしら」

「あまり大げさにはしたくないんだけどな。これからはアーセルも似た立場になるから。うん、ミーア話していいよ」

「フェイのお父さんはね、勇者だったの。でも周りに振り回されないようにって祝福を受けてないことにして育ったんだって……」

ミーアは僕の父親の悲しい最期までを語って聞かせた。

「悲しいお話ね。でも、それとフェイを取り込む話をあたしが聞かないほうがいいってことがつながらないのだけど」

「英雄の血族。英雄の血を取り込もうとしてきたのよ。そりゃ中位の王種を討伐した勇者の血を引き継ぎ、そして本人もスタンピードを抑え込んだとして英雄と呼ばれるようになったのよ。上流階級の人たちは自分たちの血族にフェイの血を取り込みたい。つまり、フェイに自分たちのところのお姫様を連れてきてはフェイとの間に子供を作らせようとしてきたの。結婚したばかりのあたしが横にいるのにも関わらずね。やり口も直接的なものから罠にはめるようなものまで酷いものだったわ。聖騎士団の方達がそっと守ってくれたから逃げ出せたのも1回や2回じゃなかったよねフェイ」

僕も口の中の苦い物を吐き出すように答えた。

「ああ、酷かったね。聖騎士団の人が護衛という名目で一緒にいてくれなかったら、してもいないことの責任を取らされるところだったなんてのもあったね」

「そ、そんな酷い」

「アーセル。これからはアーセルも他人事じゃないからね」

「え」

きょとんとして気づいていない幼馴染にミーアが追撃を放つ。

「勇者様も今や同じよ。ヘンゲン子爵家の嫡男というもともと英雄の血族で、しかも今回の王種討伐の勇者様。英雄だもの」

「ただ僕との違いはヘンゲン子爵家という後ろ盾があることだね。これで無茶なやりかたはできない。ただし、正式なのが来るだろうけど」

ミーアの言葉を引き継いだ僕にアーセルは首を傾げる。

「正式なのって」

「勇者様、例えば帝国の上位貴族、侯爵、伯爵、それこそ王族から正式にお話があった場合、今の状態で簡単にお断りできますか」

「む、簡単では、ないな」

「ですよね。後ろ盾がないけれど、逆にしがらみもない僕ならなんとでもなる場合でも逆に勇者様の場合帝国貴族の嫡男という肩書が場合によっては足枷になりますよね。まあ勇者様の場合アーセルの聖女という立場はかなり強いでしょうけど、それでも唯一無二とまではいかないでしょう。何か考えておいたほうがいいですよ」

「ね、その時ってフェイも助けてくれるよね」

「僕がか、多分無理だろうな。それに今でこそ行動を共にしているけど、僕たちと勇者様のパーティーは本来気軽に声を交わすような関係じゃないからな」

僕はミーアと視線を交わす。おそらく僕たちは……

「そんなこと言わないでよ。今回の王種討伐で絆を取り戻せたと思ったのはあたしだけなの」

アーセルの泣きそうな声に答えたのはミーアだった。

「あたしも少しは感じた。でもね、昔に戻るのは無理よ」

「そんな」

「そもそも最初に絆を投げ捨てたのはアーセルじゃない。勝手なことを言わないで。あのあとフェイがどれだけ悲しんだか、どれだけ苦しんだか、アーセルは分かってないでしょ。やっと笑ってくれるようになったところなんだから。これ以上フェイを苦しませないで」

テーブルを気まずい沈黙が包んでしまった。

「ミーア、僕のために怒ってくれるのは嬉しい。でも、そのくらいにしようか」

「ん、ごめん」

「勇者様、これ以上は気まずくなるだけです。今回はこれでお開きにしましょう」

「ああ、すまぬなフェイウェル殿」

「では、次はギルドで」

僕とミーアは席を立ち「夜の羊亭」に戻ることにした。

「なんなのあのアーセルの態度は。昔はもっと思いやりのある子だと思っていたのに。もっとフェイを大事にしていたのに」

僕のために怒り悲しんでくれるミーアを抱きしめる。

「ミーア、しかたがないよ。僕たちとアーセルは道を違えてしまったんだ。時に今回のように交わることもあるかもしれない。でも、基本的に離れてしまったんだよ」

「うん、そうなのね。でも幼馴染とこんな関係になってしまうなんて、寂しいよ、悲しいよ」

僕の胸に縋り付いてくるミーアが愛しい。

「でも、僕はこれからもずっとミーアの隣にいるよ。ミーアも僕の隣にいてくれるんでしょ」

ミーアは僕の胸に顔をうずめたまま何度も頷いてくれた。

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