悪代官とイワシの塩焼き

/*時代劇風にやや大げさに演じてください。*/

/*登場人物2名 悪代官→けれんみたっぷりに、ときどきカワイく 侍→若々しく正義っぽく*/




悪代官「ふはははははは、おぬしは、飛んで火に入る夏の虫、そのままじゃのう」


侍「くっ……もはやこれまで……」


悪代官「そもそも、剣技の如何いかんより、礼儀がなっておらぬ。よそ様のお宅へ伺う時は玄関から入るものであろう!」


侍「正義の侍は、どこから入ってもいいことになっておるのだ!」

 

悪代官「(素で、ちょっとかわいく)それって正義?」


侍「うっ……」


悪代官「さらに、なぜ夕餉ゆうげどきを選んで押しかけてきたのだ! 飯の匂いに惹かれて参ったのではあるまいな? まったく、下郎のすることは卑しいのう」


侍「違う! これはたまたまだ!」


悪代官「今宵の夕餉はわが好物、焼きイワシであるというのに冷めてしもうたわ、この不届き者が!」


侍「いい年したおっさんが下魚げぎょごときでガタガタ抜かすな!」


悪代官「貴様、今、下魚ごとき、と申したな?!」


侍「ああ、申した」


悪代官「ではこのイワシをわたまで食って、もう一度同じ言葉を申してみよ。尻尾は、残してもよい」


侍「えー冷めておるではないか」


悪代官「冷めてしもうたのは貴様のせいであるぞ! さあ、食うてみよ!」


侍「まあ、そこまで申すならば食うてやらんでもないが」


/*間を置く。可能なら、何か食べている音を入れる*/


侍「うまっ!! この腹んとこの脂、すげえ! うちで食ってるのと違う!」


悪代官「魚が違う、炭が違う、焼き手が違う! おぬしが知るイワシとはすべてが違うのだ! 今夜の献立を女中より聞き及び、心待ちにしていた我が真意、思い知ったであろう」


侍「これ、マジでうまい。白飯欲しいわー。でも熱々のうちに食べたらもっとうまかったろう……」


悪代官「(被せ気味に)貴様が申すな下郎が!」


/*少しマイクから顔を離し、遠くへ呼びかけている風に*/

悪代官「誰ぞある! もう一尾焼きイワシを持て! あっつあつのやつ!」

悪代官「(少し間をおいて素で)え? ないの? なんで? え?」


/*マイクへ声を入れる位置を戻す*/


悪代官「おのれ……貴様、わしが楽しみにしておったイワシを食うてしもうたな」


侍「其許そこもとが食えと申したではないか!」


悪代官「よそ様の屋敷に食事時に押しかけ、庭から居間の障子をいきなり開けて土足でずかずか入ってきたあげく、、わが夕餉をむさぼり食うとは……とんだ正義の侍ではないか!」


侍「違う!」


悪代官「物事は結果が大事だ! 結果から見てみるがよい、どこが違うのだ!」


侍「あっ」


悪代官「もういい! おぬし、その辺ので構わぬからイワシ買ってこい。弁償だ!」


侍「えっ」


悪代官「わしがどれほどイワシを楽しみにしておったか! おぬしにはわかるまい!!」


侍「……一応謝っておく。すまぬ」


悪代官「一応とは何だ! 謝って済むなら、同心はいらぬ! (少々駄々っ子じみてくる)買ってこいったら買ってこい! 大きいやつでないと泣く!」


侍「でも、もう夜であるし……魚屋も閉まっておるから、明日の朝一番に届けるということでよいであろう」


悪代官「だめ! 全然だめ! おぬしの着物の趣味と同じくらいだめ!」


侍「えっ、これ一応おめかし用で……」


悪代官「いまどき、般若面はんにゃめん散らしの染付など、悪趣味以外の何物でもないわ!! 最悪!!」


侍「えっ」


悪代官「(半泣き)とにかく、おぬしとは絶交! もう絶対遊ばぬ!」


侍「絶交って……」


悪代官「イワシ持ってくるまでもう会ってはやらぬ!」


侍「(ぼやく)女みたいなこと言うんだな、悪代官のくせに」


悪代官「者ども! こやつをつまみだせ!!」


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