第十七話:明かされた真実
爆発と衝撃。それによって吹き荒れる強風と巻き上がる砂煙。
三人の天使は、巻き起こった風を避けようともせず、雅騎が存在していたであろう場所を見つめていた。
閃光と衝撃が消え、砂煙も収まり。そこには何も残っていない──はずだった。
『何!?』
それを見た瞬間。
レイアは思わず驚愕の声を上げ、ファルトとリナも目を丸くした。
そこに存在したのは、跡形もなく消え失せているはずの雅騎。そして。彼を守るように
複雑な模様を刻まれた陣を目の当たりにして、驚いたのは天使達だけではない。
助けられた雅騎もまた、ありえないはずの光景に、一瞬痛みを忘れ呆然としてしまう。
「まさか……」
小さくそう呟いた瞬間。
彼と魔方陣の間に、一人の天使のような者が舞い降りた。
薄いピンク色のパジャマ姿。天界にそんな姿をした天使は間違いなくいない。
しかし。背中の白き翼。そして、結界の内に事もなげに入ってきた事実が、彼女が天使の力を持つ者だと示す。
そして。そんな天使らしからぬ天使の姿を、雅騎が見誤ろうはずがない。
「綾摩さん、どうしっ! つっ……」
その名を叫んだ瞬間。身体に走った激痛が、言葉を失わせ、顔を
「速水君!!」
雅騎の横に膝を突いた佳穂は、彼の無事に安堵し。彼の怪我を見て泣きそうになり。そんな複雑に入り混じった感情を、隠すことができなかった。
それほどまでに酷い傷を負った彼の姿。特にその左脚は、彼女ですら見るに耐えないほどのもの。
だが。佳穂は必死に、その
「痛いかも知れないけど。ごめんね」
彼女は急ぎ雅騎の左脚の側に回ると、すぐさま
本来この術は詠唱を伴うのだが……。彼女の才能なのか。それとも、彼を助けたい一心で起こした奇跡なのか。
詠唱すらも忘れ、その力を行使していた。
そして。そんな二人を守るかのように。もう一人、新たなる天使が姿を現した。
『き、貴様は!!』
その相手を見て、レイアが叫んだ。強い怒りを
『あの
対して。現れた天使は、まるで当然と言わんばかりに、凛とした表情で静かに言葉を返す。
そう。そこに立つ天使こそ、紛れもなく彼女の姉。エルフィアンナ本人だった。
『久しぶりですね、レイア』
普段より低い
──エルフィ、とても怒ってる……。
それを聞き、佳穂は直感的にそう感じ取る。
だがその感情を、エルフィはまだ、表情に見せてはいない。
『やはりその人間は、姉……いや。罪人エルフィアンナを
『
『そうだ。我々の同胞の命を奪いしファルシオスに付いた裏切り者め!』
レイアは、エルフィの
だが。
「エルフィが、罪人?」
佳穂は、その言葉に強い戸惑いを見せた。
──有り得ない。そんなの、あり得ないよ……。
自身を犠牲に佳穂を助け。幾多の戦いで佳穂に力を貸し、悩みに応えてくれたエルフィ。
そんな彼女が、罪人であろうはずがない。
雅騎を治癒しながら、佳穂はそんな気持ちでエルフィを見上げる。
『やはり、そうなっているのですね』
レイアの言葉に心当たりがあるのか。エルフィは静かに目を伏せる。
そして。
「やっぱり、か……」
同じく。雅騎もまた、苦々しい表情でそう呟いた。
「やっぱり?」
ただ一人、状況が理解できない佳穂だけが、思わずそんな疑問の声を上げる。
しかし、誰一人その問いに答える者はない。
『雅騎。どうして貴方はレイアと戦わなかったのですか?』
エルフィは彼に振り返りはせず、相変わらず落ち着いた低い声でそう尋ねる。
次に繋がる言葉がレイア達に衝撃を与えることになると知りながら、敢えて。
『貴方の力であれば、彼女達を退ける事など
『なっ!?』
その言葉に、レイア達三人の天使はあり得ないと言わんばかりに驚愕した。
それもそのはず。
彼女達にとって雅騎は、戦いもせずただ逃げ回っていただけの相手。そこに信念があったとしても、自分達より強いとは、
一方。珍しく……というより、初めてエルフィからそんな皮肉めいた言葉を聞いたせいだろう。
レイア達の強い
「細かい話は後だけど、この中はヤバいんだ」
『彼女達の力が増したため、ですか?』
「いや、そうじゃない」
エルフィの言葉に、静かに首を振った雅騎は、表情に真剣さを浮かべ、こう言った。
「俺の力が、ヤバいんだ」
そう。彼が
それは決して、レイア達の力が高まった事を感じたのではなく、己の力の異変を感じたものだったのだ。
雅騎の台詞の意図がさっぱり汲み取れず、佳穂はまたも呆然としてしまう。だがエルフィは、その言葉の意味を理解したのだろう。
彼女はふっと笑みを浮かべると、
『相変わらず貴方は優しいのですね。ですが今は、貴方の全力を見せてあげてください』
そう、彼に促した。
「だけどそんな事したら流石に……」
『三人は以前、
くすりと、エルフィが笑う。まるで三人を
今までの彼女では考えられない、あまりにも意外な反応に、佳穂と雅騎は思わず顔を見合わせた。
そして。相手が幾ら師匠であったとはいえ。自分達が人間以下と
『我々の力が人間に劣るというのか!! ファルト! リナ!』
レイアは強い怒りを
自尊心を傷つけられていた二人もまた、迷うことなく怒りを力に変え、エルフィ達に向け技を繰り出そうと身構えた。
「エルフィ。陣を解いて」
「速水君!?」
そんな中、耳に届いた雅騎の願いに、佳穂は思わず驚きの声を上げてしまう。
「大丈夫。信じて」
彼女を諭すように、痛みを堪えつつ雅騎が口にした言葉。それは同時に自身にも向けられている事を、エルフィも強く感じ取る。
だからこそ。
レイア達から視線を逸らさぬまま、エルフィは彼の言葉に従い、
次の瞬間。雅騎達の目の前にあった魔方陣の光がすっと弱まったかと思うと、それは音もなく霧散し、消える。
守りなどなくても問題ない。そう言わんばかりの行為に、レイア達の怒りは頂点に達した。
『馬鹿に、するなぁぁぁぁっ!!』
レイアの
『
『
『
またも同時に放たれた、今までにない巨大な炎撃。数を増した水竜。そして、全てを消し飛ばさんとする雷光。
それらは恐ろしい速さで雅騎達に襲い掛かる──はずだった。
彼らが技を放とうとしたその時。
「多少の怪我は覚悟しろよ!」
雅騎は両手を勢いよく横に広げた。
刹那。周囲に強い光を感じ、思わず佳穂は顔を上げると。そこにあったのは、雅騎達を囲むように浮かぶ、数十もの小さな光球。
それらが、レイア達が技が放つのと同時に、一気に相手に向け放たれた。
加速しながら、光球は細長く伸びたかと思うと、その姿を光の短剣に形を変え。そのまま真っ直ぐに相手に突き進む。
普段の雅騎であれば、それは同時に呼び出せても十本が限界であろう。だが、今の彼の力はその比ではない。
天使達の技と、雅騎の術。
お互いの力が
それはただ一方的に。炎撃が。水竜が。雷光が。無残にも爆散した。
しかし。それでも光の短剣の数が減る事はなく、飛来する速度も落ちはしない。
『なんだと!?』
『キャァァァッ!!』
予想していなかった結果に、ファルトとリナは防御する技を繰り出すことも忘れ。本能的に身を丸め、物理的に光の短剣を避けようとしてしまう。
そんな二人と光の短剣の間に一瞬、防御壁のようなものが浮かび、その動きを
それは彼等が装備する防具が持つ守護の力。
だが。それもまた無惨にも一瞬で貫かれた。
と、同時に。二人が装備していた胸当て、
『ふざけるな!!』
レイアにも高速で幾つもの光の短剣が迫る。が、彼女は冷静に、剣を持たない手を前に突き出し、素早く
だが光の短剣は、まるでそこに何も存在しなかったかのように、いとも
『なっ!?』
唖然とし身構えることも出来ないレイアに向け飛来した光の短剣達は、他の二人同様もうひとつの防御壁に阻まれる。
が、これもまた一瞬で貫かれ。同時にレイアの装備していた腕輪も砕け散った。
眼前に迫った無数の光の短剣に、三人の頭に死が
ファルトとリナは、恐怖から強く目を閉じ現実から目を逸らし。レイアは逆に、目を逸らすことができぬまま、身を
そして次の瞬間。
光の短剣は僅かに向きを変えると、三人の顔を、手を、脚を。そして翼を掠め、そのまま後方に飛び去った。
咄嗟に振り返り、その行方を追うレイア。
光の短剣達は、そのまま順に結界の壁に勢いよく突き刺さった。
ピッ ピシッ ピシピシッ
短剣が刺さる度に走る亀裂。それは少しずつ大きくなり。そして……最後の短剣が刺さった時。壁は今にも崩れ落ちそうな程、無残に亀裂だらけにされた姿を晒していた。
『あわわわわ……』
『い、生きて、るのか?』
死の危険に直面し──むしろ、死んだと思っていた二人は、短剣が掠った傷の痛みで己の生を感じた。だが同時に、死をもたらさんとした雅騎の力を目の当たりにし、恐怖に
自分の全力を打ち砕かれ、呆然とするファルト。錯乱し、涙目のまま震えているリナ。
二人の戦う
『あれが……人間の力、だと……!?』
レイアもまた、その力の恐ろしさに背筋に冷たいものを感じ、身を震わせていた。
辛うじて戦う気持ちは残っている。だが。再び
レイアは冷や汗を流しながら、ゆっくりと雅騎に向き直る。
そこにいた雅騎は、佳穂の治癒を受けているとはいえ、未だ身体は傷だらけでボロボロの状態。にも関わらず、彼はここまでの術を放ってみせた。
つまりそれは、今まで手加減されていたという事実と、彼が無傷だったなら、より強大な力を放たれていたであろう現実を見せつけられたという事。
「本音を言うなら戦いたくはない。だけど。それでも二人に手を出すっていうなら……」
雅騎は強い決意を込めた鋭い目でレイアをじっと見つめ返すと、とても低い声で、こう告げた。
「もう……手加減はしない」
その言葉に、レイア達は青ざめた表情のまま、何も言葉を返す事ができなかった。
今まで散々彼を追い詰めてきたレイア達が、逆に追い詰められている。
強大な力は抑止力になるとはよく言ったもの。雅騎のたったひとつの術が、彼らの立場を完全に逆転させていた。
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