時々やってくる悪夢が嫌い

城戸火夏

第1話 私が悪い

 ついこの間、夢を見た。

 中学の体育館で、クラスで劇をしている夢。私は裏方で、スポットライトを操作する役目だった。

 舞台上で場面が切り替わる時だった。私は何故か、操作盤を変にいじってしまった。いじろうと思ってした訳では無い。ただ、反射的に指が動いていた。

 途端、舞台いっぱいに恐ろしい怒鳴り声が響き渡った。担任の、怖い女教師の声だ。

 誰なの! こんな酷い事をしたのは! 

 担任の“声"がいつまでも轟いて、犯人を燻り出そうとしている。耳を塞いでも意味は無かった。その“声”は胸ぐらを掴んで、揺さぶって、犯人を罵倒し続けた。

 どうして、どうして。私は泣いていた。どうして私を責めるの、と。

 原因は私の手なのに。この、余計な事しかしない手が悪いのに。

 責められ続けて、私はとうとう、その場から逃げ出していた。

 

 目が覚めて思った。また辛い時期の私が出てきたと。


 私の悪夢は決まって中学と高校時代だ。でもきっと、多くの人もそうに違いないと思う。思春期まっただ中。人間関係や進路や、はたまたとんでもない悩みの種が生まれる事だって、世の中を見渡してみれば限りない。自分一人が特別で無い事を知るにつけ、でもこの辛さは私だけのものだから、なんて個性を大事にしてしまう。

 己の辛さは、他人の辛さで中和されない。その考えのもと、私は傷ついた私を保身していた。 

 あの頃、私は馬鹿な子だった。他力本願で、根暗で、被害妄想の強い、何物からも傷つけられる存在だと思い込んでいた、馬鹿な子。

 自分の行動は全て悪い方向に向かうなんて、どうしてそんな都合良く被害者になろうとしていたんだろう。

 答えは簡単だよ。

 だって、コップが割れていれば、最初から水を入れて飲もうなんて、思わないでしょ?

 今になって、中学生の私がにやつきながら教えてくれた。ああ本当に、馬鹿で狡猾な、哀しい子。


 割れたコップに、誰が何を期待するの? 零れると分かっていて、水を注ぐの?


 ああ、そうなの。結局、逃げていたかっただけなんだね。

 辛いの、苦しいの、なんて泣いて体を丸めて、頬を伝っていく涙を静かに受け止めながら、私は何を考えていたんだろう。

 私は何にも出来ないんだよって、自分に言い聞かせて、貶めていただけじゃないだろうか。

 

 私は私を甘やかして、じわじわとなぶり殺していた。その方が楽だったから。

 割れたコップを持って、さあ見て下さい、こんな状態では何も為せません、どうかお許しを、なんて、ヘラヘラしていただけだった。そのポケットには、コップの欠片が入ってる。自ら進んで割った欠片が。

 人間は楽な方へ進んでいくんだって知ったのは、それからずっと後の話。

 だから今でも夢に見る。楽な方へ進む夢を。

 

 だから、悪夢が嫌いなんだ。私が悪いから。


 時々こうして過去を振り返って、幼い私に説教を垂れる。こんな意味の無いことばかり、でも私には必要な儀式ばかりを、書いて散らしていこうか。


 割れたコップは今でも、割れたコップなんだろうか。

 これを続けていく内に、分かってくるものだと思いたい。

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