第11話(R18) 先輩! なんのつもりですか!

新田が西森を見つけた、その日の夜--

新田は西森に招かれ、神社からほど近くにある彼の実家に来ていた。

代々農家を営む地主だったらしく、広い敷地の中に、長屋の母屋、米倉、納屋などが並んでいる。

空にはちょうど満月が出ていた。自然にあふれた田舎には余計な明かりこそないが、それがかえって月明かりを強めているようで、青い闇の中でも、目が慣れれば不思議と暗さは感じない。

ジー、ジー、と、どこからか虫の鳴き声がする。どうやら蝉ではなく、夏の到来を思わせるその音が、そこらじゅうの田畑の草むらから聞こえてきていた。


「--しかし、わざわざ、お前を訪ねて遊びに来るなんてねぇ」


ラフな格好をした、中年の女性が言った。

眉がキリッとしており、まるでどこか女海賊を思わせる風貌がある。

テーブルクロスの引かれた横長の食卓を挟んで、西森と新田、そして西森の母が座っていた。

そこで、新田は夕飯をご馳走になったあとだった。

実家は、もともとは和室だったものを、時代にあわせて一部を洋風に改装している様子だった。外からはふすまの並んだ縁側が見えており、玄関は靴置きが石段だったため、通された部屋を見たとき、新田は意外に思った。

作りは古いが小綺麗なカウンターキッチンの上に、写真立てが乗っていた。

写真には、西森の母と、西森、もう一人見知らぬ女性の姿があった。

明るそうな印象の綺麗な女性だった。この家の前で撮られたものであるらしい。


「そうそう、新田くん、遠慮なく何泊でもしていってね」


西森の母は、にこやかに言う。なぜか新田に声をかける時だけは、声のトーンが上がるのだ。

西森の母は、すでに何杯か日本酒を飲んで顔がうっすらと紅くなっている。


「--何泊でもって、オレだっていつまでもここに居座るつもりはないぞ」


言って、西森はため息をつく。


「あんたはどうでもいいんだよ。あたしはねぇ、お客である新田くんをもてなしたいだけなんだから」

「かあ--始まったよ。新田、気を悪くしないでくれ。うちの"これ"、いつもこんな感じなんだ」


西森と西森の母は並んで座り、新田は反対側に座っていた。言いながら、西森がこれを指さすと、すぐに指を掴まれてねじられる。


「誰をつかまえて、"これ"だって--この、この」

「痛え、痛え--離せよバ、いや、お母さま」

「よろしい」


やり取りを見て、新田は声を出して笑った。

西森の父はすでに癌で亡くなっているらしく、この家には、西森の母と祖父が暮らしているとのことだった。

ゴーン、ゴーン--

夢中で話しているうちに、ふいに壁にかけられた振り子時計が、日付が変わったことを音で知らせた。


「もう、こんな時間か。おい、いい加減、オレたちはもう寝るぞ」


西森は言って、立ち上がる。


「ごめんねぇ、新田くん。遅くまで付き合わせちゃって--まだ、お風呂暖かいと思うから、良ければのんびり浸かっておいで」


西森を無視して、西森の母が言う。


「ありがとうございます--そうさせていただきます」

「はぁ、やっぱりいいわぁ。うちも、こんな息子が良かったぁ」


西森の母は言い、酒の入ったグラスを掴んだまま、気持ちよさそうにくねくねとテーブルに崩れてゆく。


「ったく、飲み過ぎなんだよ--新田、悪いが、オレはこいつの始末があるから、先に風呂に入るなり、部屋で休むなりしていてくれ」


それから三十分くらいあとで--


風呂を終えた新田は、客室に向かうべく縁側を歩いていた。着替えは、昔の西森の服が出てきたらしく、西森の母が事前に用意してくれたその半袖Tシャツとハーフパンツを着ている。

一度、先程のダイニングに顔を出したが、二人の姿はなかった。


「すぅ、はぁ--」


月を見ながら、新田は深呼吸した。

肺に入る少し冷たい空気が、自然によって濾過されたように透きとおっている。目の前に広がる田舎の風景が、新田には現実ではないように思えた。

気持ちが、晴れ晴れとしていた。

あらゆる悩みが消え、新田は自分が空っぽのガラス瓶になった気心地がする。

いや、空ではない。

よく見ると、並々と水が注がれているのだが、それがあまりにも不純物がない代物のため見えない--そういった感じだ。

新田は客室に続くふすまを開けた。

新田の背後から、明かりが差し込み、布団のしかれた和室が見える。

新田が一歩足を踏み入れ、室内を見回しはじめた時だった。


--どん!


新田は、勢いよく背中から突き飛ばされた。


「うわ--」


突然のことに声をあげ、新田は布団の上に転がった。

開け放たれたふすまの向こうに、黒いシルエットが浮かんでいる。

そのシルエットは、部屋に入ってくるなり、乱暴にふすまを閉めた。


「、、、これじゃ、暗すぎるな」


言って、今度は少しだけふすまを開く。


「西森先輩--」


倒れたまま、目を見開いて、新田は口にした。


「おう、おふくろは寝たよ。じじいもとっくに寝てるし--今、起きてるのは、オレとお前だけだ」


言って、西森は新田に覆いかぶさる。

新田は、両手を掴まれて、布団に押し付けられた。


「西森先輩--?」

「なんだ」

「これは、その--なんのつもりでしょうか」

「わかってて聞くのか、それ」

「あ、あの--」


新田のすぐ目の前には、西森の顔がある。

体勢的に、新田からは影になっているためよく見えないが、呼吸をすると、ほのかにシャンプーと石鹸の香りが届いてきた。

新田は、自分の心臓の鼓動を聞いていた。それが大きくなりすぎて、西森にも聞こえていないか気になるほどだ。


「ん--」


まもなく、新田は、西森の唇の柔らかさを感じた。

少し角度が変わると、新田は口の中にさらに柔らかいものを感じた。それが新田の舌に絡みつき、ときに歯に触れ、動きまわる。


「んん--」


新田は思わず、鼻からうめき声を漏らした。

意識が遠のき、頭がボーッとしてきた。

気がつくと、目からは涙が滲み出ていた。

西森の荒い吐息が聞こえる。

新田は、下半身に何かが込み上がるのを感じた。クラクラする自分の思考を支えるため、西森に掴まれた手を振り払い、西森の背中に両手を回すと、新田は西森に同じことをして返した。


「--っはぁ」


状態を起こして、西森が一息をつく。

西森はそれから上体に来ているものを脱ぎ、新田からもそれを剥ぎ取った。

新田の白い肌が、差し込んだ月明かりに照らされ、艶めかしく浮かび上がった。


「はあ、はあ--」


西森を見つめながら、新田はやっとの思いで呼吸をしていた。

新田は、脱がされた体勢のまま、力の入らない両腕を頭の上に投げ出していた。

新田は、自分が今、どんな顔をしているのかわからなかった。それを西森に見られているかと思うと、新田は頭がどうにかなりそうだった。


「新田、お前--」


新田を見下ろす西森が、心底参ったようにつぶやく。


「エロすぎだろ--」


見たこともない新田の恍惚の表情に、西森は思わず、そうつぶやいていた。

その直後に、新田は、首すじに生暖かいものを感じる。


「あ、あ--」


新田は、耐えきれずに声を漏らした。

西森の舌先が、首から鎖骨、肩、脇--さらにその下の敏感な部分に向かってゆく。


「--んん、、ん!、ん!、、、」


新田は、声を漏らすまいと、自分の手で口を塞ぐ--だが、気がついた西森がそれを阻止しようと、手を掴む。さらに愛撫を激しくしてゆく。

悩ましい、新田の声色が響いた。

興奮のあまり、新田はすでに限界が近づいていた。触れてもいないのに、衣服の中のペニスの先端から、ぬるぬるとしたものが溢れているのを感じる。

いや、何も触れていないわけではない--同じ状態になった西森のそれが、先程からずっと布越しに密着していた。


「西森先輩--僕、もう、、、」

「そうだな--」


言い、西森は、新田の着ているものをすべて脱がせてゆく。西森は衣服をずらしてそれを露出した。

新田は、自分に向けられた熱源を、同じ部分に感じた。それらが西森の手の中に包まれ、より密着する。


「新田--」


西森が自分を呼ぶ甘い声を、新田は聞いた。

西森の腰が動いている。触られている。味わったことのない快楽を感じる。もはや我慢する気もなく、感じるままに身を任せて、喘ぎ続けている。お互いの混ざりあったものが、ぐちゃぐちゃと卑猥な音を立てているのが聞こえる。凄く熱い、凄く脈打っている。止められない衝動がやってくる。それが今にも爆発する。


「西森先輩--」


新田は必死に呼ぶと、布団の端を掴み、直後に声にならない叫びをあげた。

新田の体が仰け反り、勢いよく放出されたものが新田の体に付着する。


「はあ、、、はあ--」


新田は、差し込んだ明かりの方に顔を向け、力なく横たわり、肩で息をしていた。

少し乾いた涙が、頬からあごにかけて線を引いている。


「--大丈夫かよ」


虚ろな新田の様子を見て、西森が声をかける。

だが、ショックが大きすぎて、新田はまだ返事をすることが出来ない。


「新田--」


西森は、片手で新田の手を取る。もう片方の手で、新田の髪をなで、それから優しくキスをする。


「好きだ--」


し終えると、西森が言った。


「西森先輩--」


それからようやく、新田にも声を出すゆとりが戻ってきた。

新田は、西森の頭を両手で包んで、胸元に引き寄せた。

新田は、目を閉じると、


「僕も、好きです--」


穏やかな声で、そうつぶやいた。

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