金の価値に勝るもの
佐武ろく
金の価値に勝る愛
私は自分で言うのもなんだが大金持ちだ。もちろん悪いことではなくちゃんとしたビジネスで稼いだ金。一定の収入を越えてからは食べる時も遊ぶ時も何かを買う時も一切お金を気にしなくなった。金銭面に関して言えば多彩な趣味を持つ妻や一人娘は何不自由なく生活できていると胸を張って言える。
元々、あまりお金のない家庭で育った私は憧れもあり大金を手にすると高級なお酒、高級な食事、高級なホテルや高級ブランドなどありとあらゆる高級を楽しんだ。料理やお酒はおいしく、ホテルは最高。お金がかかっているだけあってどれも素晴らしいかった。
話は変わるがある日、私は一人の少女に出会った。あれは少し肌寒い秋。仕事が一つ予定変更にになり私は時間を潰す為、ベンチに腰掛け紅葉を眺めていた。
「お隣いいですか?」
「どうぞ」
ブレザーの制服にマフラーをしていた少女は礼儀正しくお礼を言うと私の隣に腰かける。
そして宝物のように持っていたココアの缶を開けるとゆっくり一口。すると少女は見る者にその美味しさを伝え味わいたくなるような表情をした。
「(今夜、ココア飲もう)」
私はこっそりと心でそう誓った。それと同時にひとつの疑問が浮かび上がる。まだ学校の時間のはずだがなぜこの制服の少女はここにいるのか? うざがられるかもと思ったが尋ねてみることにした。
「もう学校は終わったのかい?」
少女はココアを飲もうとした手を止めこちらを向く。
「はい。今日は早く終わったんです」
話を聞けば本当は友達と遊びに行く予定だったが急用ができてしまいその予定はなくなってしまったらしい。それで暇になった少女はここへ来たそうだ。少女曰く少し寒い中で飲むココアは格別でそれを味わうためと紅葉を少し見たかったから家には帰らなかったとか。そして少し話をしていると少女は私の腕時計に視線を落とした。
「あっ! それ知ってます。この前雑誌で見たんですけど結構高級なやつですよね?」
「まぁ、そうだね」
「おぉー。よく見たらそのスーツとかコートとかも高そう……」
それは羨望というよりは憧憬に包まれた煌びやかな眼差しだった。
「確かに安くはないかな」
「お金持ちなんですねぇ。羨ましい」
「君も頑張ればこれぐらい稼げるようになるよ。もしかしたらそれ以上も夢じゃない」
「頑張ります!」
少女は将来に目を輝かせた。
「三つ星の高級レストランで食事たりブランド品を大人買いしたりしたいなぁ。やっぱり毎日そういうとこで食事してるんでるんですか?」
「そんなことないよ」
私は首を振って答えた。
「君に良いことを教えてあげよう」
「何ですか?」
「確かに高級レストランで食べる食事やお酒、ブランド物の服は素晴らしい。だけど一番ではないんだ」
「もっと高級でいい所があるってことですか?」
「半分正解だ」
首を傾げる少女の頭上に浮かんだハテナマークが見えた気がした。
「いいかい。つまりこういうことだ。どんなに高級食材を使いプロの手で作られた一品よりも私の為に妻が作った料理には敵わない。もちろんただ単に味の勝負であれば妻の料理は劣るだろう。だがそこには私しか感じられない旨味があるんだよ。それと同じでどんなブランド品だろうと妻の編んでくれたマフラーより価値のある物はないし、どれほど有名な画家に肖像画を描いてもらったとしても娘のクレヨンで書いてくれた似顔絵の方が嬉しいし私には価値がある。もちろんまだまだ幼い娘の似顔絵は下手だ。それは仕方ない。だが価値というものは上手い下手だけに宿るものではないということだ。これはあらゆる高級を味わったから言えるのかもしれんがどれだけお金をかけようと辿り着けない価値というのは存在する。お金が全てではないというのは本当かもしれん」
少女は微笑み頷いていた。
「わたしのココアと同じですね」
「そうだな。だがお金はあっても損はしない。それに私の話だけで判断を下すのはもったいない。だから今を頑張り稼ぎそして自分で色々と試してみるんだな」
「はい」
するとタイミングを見計らったかのようにスマホが鳴った。それは次の仕事の電話。
「では私はこれで」
「貴重な話ありがとうございました」
最後まで少女は礼儀正しかった。
金の価値に勝るもの 佐武ろく @satake_roku
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