ツルは千年、カメは万年

タニオカ

鶴と亀のお話

鶴は千年亀は万年とはよく言ったもので、長い寿命を持つカメである私は寿命の短い沢山の鶴に出会って来ました。

もちろん彼らの一生にずっと寄り添っていたわけではありません。しかし、もう何羽の鶴と出会って来たのかもわかりません。それほど多くの鶴たちと出会っては別れてきました。

でもそれもそろそろ終わろうとしています。

私の人生をこの極楽浄土のような美しい池で終えることができるのはきっとこの上ない幸せなのだと思います。水面には蓮の花が咲き乱れ、池の周りには柔らかな芝が生えそろい、風が吹けば桃の香りが運ばれてきて、それを味わいながらのんびりと形のいい岩の上で甲羅を乾かすことができる。とてもいい環境です。

ここをこの状態にするのにはとても骨が折れました。といっても私は非力ですから、実際にはたまたまやってきた鶴にお願いすることがほとんどでしたが。


初めてここに来たとのはとてつもなく悪い環境でした。池というよりは沼のようで、ヘドロのようなにおいが立ち込め、沼の周りは鬱蒼とした草木に覆われて陽の光も届きませんでした。それを何百年もかけてこのような美しいところに変えていったのです。

そもそも何故そんなところに私が来たのかは説明が必要ですね。しかし、それを話すのはまた後にいたしましょう。若気の至りというやつです。話すのには多少の勇気が必要になりますからね。


とりあえずは私がここに来てまずはじめに何をしたかについてお話しいたしましょう。

先ほども申し上げました通り、ここは昔荒れ果てた環境でした。

荒れているのならば捨てて、元いた場所に戻ればよかったのですが、理由があってできませんでした。私は彼女ともう一度会うためにここを移動してはならなかったのです。彼女のことは私がここに来た理由をお話しする時に一緒にお教えいたしますね。ともかく悪い環境にいなくてはならないとなると、私はここの環境に甘んじるか、改善していくかのどちらかしかありませんでした。甘んじるのは嫌でした。一体何年いや、何百年、何千年、ここで過ごすのかもわからないのですから、少しでも良い環境にしたくなるのが当然の考えだと思います。そのためには非力な私はどうしたら良いのか。と日々考えていると私は足を滑らせて沼の水なのか泥なのか区別のつかない中に沈み込みそうになりました。ジタバタと泥を跳ねながらなんとか脱出しようと試みていると、私を一羽の鶴が美しい嘴を汚しながら引っ張り上げて助けてくれました。沼の上空を飛んでいる時に暴れている私に気がつき、わざわざ降りて来てくれたのです。私はそんな鶴の優しさに漬け込んでお願いをしてみました。


「もしよろしければ私のお願いを聞いていただけないでしょうか?お礼に私の寿命を少し分けて差し上げます。いかがですか?」


美しく優しい鶴は話を聞くと引き受けてくれました。

まずは沼の水を綺麗にしたかったので、水を浄化できる水草や生き物をここに連れてきてくれるように頼みました。

もちろん1羽では大変だったのでお仲間も一緒に手伝ってくれました。

一体何十年かかったでしょうか。しかし沼の水は少しずつ少しずつと着実に綺麗になって普通に飲めるくらいまでになりました。


鶴たちにはお礼に私の寿命を100年ずつ差し上げました。私にとってはそんなに長くない時間ですが、鶴たちにとっては長い時間です。

その甲斐あってか私のことは鶴たちの中で噂になっていたようです。


願いを叶えると寿命をくれるカメがいると。


この噂が広がるのは願ったり叶ったりでした。

私は池の環境を整えたくて、鶴たちは寿命を延ばしたい。時間はかかってしまいましたが、お互いの利害が一致して私はここを極楽浄土の風景にすることがでしました。


ここ数十年は私が願うこともないので訪ねてくる鶴もほとんどいなくなりました。

もちろんはじめのうちは私から寿命をもらおうと何かにつけて私の御用を聞こうとする鶴が後を絶ちませんでしたが、私が頑なに願わないので次第に閑古鳥が鳴き始めました。


しかし時々あなたのように昔ばなしにつられてやってくる鶴がいるのも確かです。やはりあなたも寿命を延ばしたいのですか?でも申し訳ないことに私にはもう分け与えられるほどの寿命はもうないのです。

最期に彼女にもう一度会いたいものです。そういえば彼女の話をしていませんでしたね。

彼女の話は私がここに来た理由にもつながります。お恥ずかしい話ですが、私と彼女の喧嘩がすべての始まりだったのです。


私たちは元々今のここほどではないですが、綺麗な池に共に暮らしていました。1日のほとんどを池のほとりでのんびりと語らい、悠々自適に過ごしていました。

ある日彼女が私に寿命を分けて欲しいと言いだしました。そこに私が怒ったのです。

すると彼女も怒り、私を沼に置き去りにしたのです。

この汚い場所で残りの長い人生を一人寂しく過ごせばいいのだと。


私は悲しくなりました。当たり前です。彼女とは互いの命が尽き果てるまで共に過ごしたいと思っていたものですから、しばらくは泣いて過ごしました。

ところで私が怒ったことを不思議に思いますよね?だって私は今まで散々寿命を大盤振る舞いしていたのですから。しかし、私は生き物の生きる時間は自然に任すが一番だという考えだったのです。自然の中で生きるには自然な時間の流れで過ごすべき。そう思っていました。

しかし私は変わりました。

寿命に執着しなくなったのは彼女に置き去りにされた理由を考えたからです。

私の独りよがりな考えだから間違っているのかもしれませんが、彼女が寿命を欲したのはもっと良い環境で過ごすためだったのではないかと思ったのです。


ある日の語らいの中に出て来たのです。私は極楽浄土のような場所で眠りにつきたいと。そう彼女は言っていました。


だから私は極楽浄土の風景を求めました。彼女が生きているうちに完成させたかった。だから早くしなくてはならなかったのです。なんといっても鶴は千年しか生きられませんからね。私は寿命を使ってでも彼女の夢を叶えたかったのです。



あの時はあなたの願いを叶えられずに、ごめんなさい。ええ、一目見たときにあなただとわかっていましたよ。照れ臭くてごまかしてしまいましたが。

あなたに最期に会うことができてとても嬉しく思っています。どうでしょうか?この風景はあなたの夢の通りですか?



そういうと、私の隣で滔々と語っていた亀は眠りにつきました。

たしかに私は昔そんな夢物語をした気がします。


あなたを沼に置き去りにした後、いろいろなことがありました。怪我をしたり、恋をしたり、家族ができたり、家族を失ったり。

節々にあなたのことを思い出してはあの沼を探しました。でもまさかこんなに美しくなっているなんて思いもよりませんでした。だからあなたを見つけるのに時間がかかってしまいました。そして、あと少しあなたを探す時間が欲しくて昔話を信じて来たらあなたに出会うことがでしました。でも少し遅すぎたようです。


あの時私が寿命を欲したのは少しでも長くあなたと過ごしたかったからだったのに。

でも最期の最期でやっとあなたに会えました。私の願いをあなたは少し勘違いしていましたね。たしかに私はこんな場所で最期を過ごせたらと思っていました。でも隣にはあなたにいて欲しかったのです。寿命の短い私と寿命の長いあなた。あなたを残して一人で消えゆくのが怖かった。できることなら一緒にと思って寿命を願いました。結果としては叶いましたね。


キラキラと水面がかがやく、極楽浄土の池のほとりで、美しい鶴と亀が寄り添いあいながら静かに眠りにつきました。

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