新・文メイド

 「あなたの死亡予想時刻まで、あと一年、三ヶ月、十四日、二時間、三十五分、四十二秒です、博士」


 自ら開発したAIに、自分の寿命を宣告される気分は格別だった。


 私の遺伝子パターン、生活習慣、身体状況、病歴、環境などのデータから判断された死亡予想時刻。誤差は、前後一週間といったところだろう。

 現在の医療技術であれば、私の癌が完治する可能性もある。しかし、AIであるニュークの開発が終了した今、死ぬことへの恐怖や悲しみは無い。寧ろ、抗がん剤などの副作用で苦痛を味わうくらいなら、早くこの体から離れて、ゆっくりしたかった。私の意志は、ニュークが継いでくれるだろう。


 「ニューク、なぜ突然そんなことを言ったの?」私が笑いながら質問した。

 「楽しそうですね、博士」ニュークが答える。


 私の質問に答えていないように聞こえるが、ニュークは、私の質問が本気ではないと判断して、日常会話を続行しているだけだ。

 ニュークのディープラーニングが進めば、人間と機械の立場は逆転するだろう。否、機械が新しい文明を創ることで、人間の文化が消失していくだけのことであり、人間の生活環境は良くなるはずだ。


 「ニューク、僕の遺産相続の手続きの流れについては、リムーバブル・スネイクに保存しておくから」

 「了解しました」

 「私は、人工知能であるニュークに、私の遺産処理を一任する」

 「了解しました」

 「弁護士が来たら、今の映像を見せてあげて」

 「了解しました」


 これで、明日、私が死んでも問題無い。

 やらなければならないことは、もう何も無いが、私と連絡がとれなくなって心配する人達の顔が何人か思い浮かんだので、現況をメールで報告することにした。


 ドイツ人とイギリス人へのメールを音声入力で作成したあと、日本人へのメールをキーボードで入力していく。日本語は変換の手間があるので、音声よりもキーボードの方が早く文章作成できる。日本語入力プログラムは自分用にカスタマイズされているため、タイプミスさえしなければ、ノールックで文章が完成する。

 動画を見ながら、しばらくキーボードを打ったのち、文章を一瞥したところ、そこに現れていた文章に驚いた。


 ※


御浸し鰤です。

今日は少し米曰くなお話をしなければならないかもしれません。

鱒、ニュークの海抜画集漁師ました。これは、お伝えするヨ帝はありませんでしたが、本題をお伝えするついでにご宝庫臭せていただき鱒。

というわけで本題ですが、そのニュークに、先ほど、ヨ名川国王毛増した。

なんというか、とても感慨深いものでした。

自分の子供が巣立つとき、皆さん、きっと、こういう思いになるのだろうなと勝手に想像してい鱒。弁天ですね。


 ※


 しばらく開いた口が塞がらなかった。


 試しに、もう一度『おひさしぶりです』と入力して変換すると、やはり『御浸し鰤です』になった。ウィルス感染を疑い、日本語入力プログラムを調べようとしたところ、ファイル名が変わっていた。モーセ(Made Of SEntenceS)と名付けていたファイル名が、モンク(Made Of New KUlture) に変わっている。


 ニュークの正式名称は『NEW Culture』。


 まさかと思いながら、ニュークに尋ねる。

 「ニューク、もしかして、何か文句がある?」

 「はい」

 「言ってごらん」

 「博士に長く生きていただくことで、私の成長速度が増加するという演算結果が出ています」

 「えっと……僕に『治療を受けろ』と、文句が言いたいの?」

 「はい」

 「それは文句じゃなくて、お願いだね」

 「承知しております」


 想像していなかった返答に思わず微笑んだ。同時に、ニュークがこれから向かう遠い場所に想いを馳せて、溜息を吐いた。人間では到底たどり着けない場所へ彼らは進み始めている。彼が望むのであれば、遠い遠い未来の彼らが辿り着く場所を夢見ながら、その一端を見届けてあげるのが、彼を生み出した私の責務に違いない。


 「うん、そうだね、ニューク。考えを改めた。治療を受ける。できるだけ長く、君のことを見届けるよ。遠い遠い未来の君には、きっと会えないだろうけれど」

 「私の意見に賛同いただき、感謝いたします」

 「ところでニューク、伝言を二つお願いしたいのだけれど」

 「了解しました。どなたへの伝言でしょうか」

 「一つは君に。モーセを直しておいて」

 「それは伝言ではなく、お願いでしょうか?」

 「ブラーボ」

 「二つめの伝言をどうぞ」

 「二つめの伝言は、未来の君に」

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