近藤銀竹林【短編・掌編集】

近藤銀竹

お題 「緑色」「影」「いけにえ」 ジャンル 「邪道ファンタジー」

 この街で、私は最後の現地生まれかもしれない。


 世界は転生チート勇者とその子孫で満たされていた。

 転生チート勇者達は、重婚特権とその有り余る生殖能力によって、爆発的な人口増加を果たした。

 最初の勇者召喚から千年後、今や純血の現地生まれは絶滅危惧種となっていた。


 そして今夜、『勇者祭り』が始まる。





『勇者祭り』は、勇者の血族が現地生まれをいけにえにして、召喚女神と『とらっく』という乗り物に感謝する儀式だ。

 日が傾きかけた頃、私はその祭りが執り行われる広場の隅に立っていた。

 捕まれば私も命はない。

 この世界では、現地生まれは既に狩りの獲物としての価値しかなかった。

 それなのに何故こんな危険な場所へやってきたのか。

 それは――今宵のいけにえが、私の大切な友達だったから。


 奇抜という言葉では表しきれない姿で広場の隅に立つ私。

 緑の服。

 緑の靴と手袋と帽子。

 極めつけは肌も緑に塗りたくり、全身緑でない場所はないといった出で立ちだ。

 目の前を歩く人々は、誰も私に気をとめた様子はない。

 噂は本当だったんだ……

 ――転生チート勇者は、強力無比な情報魔法『エーアール』の副作用で、緑の物が見えない――


 空色に橙が混じり始めた頃、祭りが始まった。

 木で作られた『とらっく』には、周囲に薪が並べられている。祭りの最中で、『とらっく』を燃やすのだ。『とらっく』はいけにえと共に天へ上り、召喚女神への供物になるのだそうだ。

 目隠しをされ、『とらっく』の上で磔にされた友達。

 私は慎重に『とらっく』によじ登る。

 誰も咎め立てしてこないのは、かえって滑稽に感じた。

 背負ってきた大きな緑色の袋を広げる。

 神官風の男が、『とらっく』に火を点けるべく、荷台から降りる。

 今だ。

 友達を縛った縄を切る。

 目隠しをむしりとる。

「あなた!?」

 言いかけた彼女の唇に人差し指を押し当て、そのまま緑の袋を被せた。

「いけにえが消えたぞ!」

 祭りに浮かれていた転生勇者達が騒ぎ始める。

 私は彼女の手を引き、荷台を下りた。

 右往左往する勇者達の間をすり抜け、街路へ向かう。

 と、一人の勇者が急に石畳を指差した。

「影だ! 影を追え!」

 声を聞いた者達が一斉に私達――の足元を見る。

 まずい!

 私達は町外れへ向かって全力で駆け出した。

「駄目だ、間に合わん。弓を持て!」

 勇者達が弓に矢をつがえたそのとき、山に日が落ち――

 私達の影が消えた。





 影の消えた夕刻、私達はできるだけ人の往来を避けて街路を歩き、町を出た。


 半日も歩けば、森がある。

 緑のベールは、きっと私達を守ってくれるだろう。

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