第6話 雪がぱらぱら

近頃、紅羽ちゃんが変だ。

何が? と言われると具体的なことは出てこないけれども、変なものは変なのだ。

それに合わせてオレに降りかかる不幸も減った――わけではなく。

毎日のように水はかかり、躓いた先でプランターが頭の上に落ちてくる。

これを紅羽ちゃんは「まあ、広也さんって邪神レベルに好かれてますからねぇ」と言われたことがある。

そんなものに好かれたくはないが、好かれてしまっている分は仕方があるまい。

……そんな風に慣れたくはなかったけれども。この不幸体質は昔からだ。

いや? そう言えば、本当に子供の頃はこんな風に不幸体質じゃなかった気がする。

ズキン、と頭が痛んだ。

まるで思い出すなとでも言うかのように。

アレは――そう、アレは……。


「……っうぅ、」


頭が割れそうなほど痛んで、思い出すのをやめた。

一体この頭痛に何が隠されているのか分からないけれども、こんなに痛いということは思い出すなということなのだろう。


「……紅羽ちゃんなら、分かるかなぁ」


助けを求めるように、オレは彼女の名を呼んでいた。

彼女に頼ってばかりいたら生きていけなくなると言うのに。

いつか彼女も居なくなってしまうだろうに。……今まで通り。

だから紅羽ちゃん断ちをしないといけないのに。オレの足はいつの間にか神山神社へと向かっていたのであった。


「おや、広也さんではありませんか」


「あなた、は……?」


「空海、と申します」


「くうかい、さん」


「紅羽の幼馴染のようなものです。もっとも、彼女は認めないと思うけれども」


「お、幼馴染……居たんだ……」


「変なところに驚きますね。まあ、仕方がないか。紅羽は外の世をあまり知らないところがあるからね」


「そう、なんですか」


確かに紅羽ちゃんは浮世離れしたところがある気もするが。

どうして彼女はそんな風になってしまったのだろう。

知りたい、知ってしまったら帰れない。

どこかでそれが分かっているのに、オレは知りたいと思ってしまったのだ。


――哀しそうな目をしていたから。


オレに向けてなのか、それともこの世界に向けてなのか。

そればかりは分からないけれども。


「オレ、紅羽ちゃんのこと何も知らない……」


「そうでしょうね。そうして、これから知ることもない」


「どうしてそんなこと言うんですか」


「そうですね。僕が紅羽のことを愛しているからかな?」


「あ、愛!?」


「ええ、愛しているよ。ずっと昔から」


彼女に伝える気はないけれどもね。

そう言う空海さんはとても哀しそうな目をしていた。いやまあ、ほとんど目を閉じているから感覚だけれども。


「それでも、オレは……」


ボソッと呟いた言葉は、音にならずに風に巻かれた。


「さあ、帰りなさい。このままでは風邪を引くよ」


キッと空海さんを睨んだ。自分はここに居るくせに。オレには帰れという言葉が悔しくて。

でも、このまま此処に居ても紅羽ちゃんは現れない気がした。


「また、来ます」


それだけ言って踵を返した。

背後から小さく、「案外見どころがないな」という皮肉が聞こえた気がした。


***


「これで良かったの? 紅羽」


「……今は、合わせる顔がないんです」


「幾らでも紅羽の為なら動けるよ。可哀想な紅羽の為ならね」


「言い方、おじさんにそっくりです」


可哀想な、だなんて思ってもいないくせに。

そう言ったなら、「バレたか」と笑われた。

空海の黒髪が揺れる。少しだけ開かれた瞳は綺麗な空色。

宗派違いの二人が結ばれた、ある意味での証なのだろう。


「雪が、振りそうだね」


「そうですね。空海も風邪引きますよ。もう若くないんですから」


「老人扱いはやめて欲しいな。これでもまだまだ初老だよ」


「はいはい」


そんなおざなりな返事をしていたら、雪がぱらついた。

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