第3話 たまの夏の風物詩

「あ、広也さんだー」


「紅羽ちゃん?」


女の子とデートしていたら、絶世の美少女が現れた。

名前を紅羽ちゃん。俺の中では有名な神社、神山神社の神主の娘だ。


「どうしたの、こんなところで?」


「桜を愛でに来ました」


「ああ、そう言えばそんな時期だねえ」


「……それを知っていて、此処に来たのではないのですか?」


「え? どういうこと?」


デート中なのにこんな風に話していて良いのかって?

ふふ、相手の女の子はちょうど居ないのだ! さすがにデート相手が居たら紅羽ちゃんよりその子を優先するからね!


「ナニどや顔で言っているんですか」


「え、ナニが?」


「思考が駄々漏れなんですよ」


「嘘だァ」


「そんな嘘吐いてどうするんですか」


「だって、」


オレはこう見えても、信じられないくらいの不幸体質だから。

だからなんだって? それは生きていく中でかなりのハイリスクな体質なんだよ?

何度怪我を負っても、何度死にかけても、それは嘘だと言われたことだってあった。

だからオレは……こう見えてかなり警戒心が高いのだ。


「オレ……、紅羽ちゃんの前だとなんでも話しちゃうんだねぇ」


「……無意識ですか。はあ、まったく」


「あれ、紅羽ちゃん? 何処行くの?」


「御相手が帰ってきたようなので、わたしはこれにて失礼させて頂きます」


「あ、うん。またね」


「……ええ」


紅羽ちゃんはそれだけを言って、去って行った。

そう言えば紅羽ちゃんは何をしにきたんだろう?


『桜を愛でに』


そう紅羽ちゃんは言った。

でも……。


「ねえ、いま桜なんて咲いてる?」


「えー、広也くんナニ言ってるの?」


おっかしい、と笑う彼女の言葉にオレも「だよね」と笑う。

何故なら今の季節は夏。

紅羽ちゃんと出逢ったのは桜舞う春のことだったけれども、今はぐるりと季節が回って夏なのだ。


(紅羽ちゃん、きみは一体ナニを視ていたの?)


オレは彼女の視ている世界は見ることが出来ない。

不幸体質というだけで、オレにはまったく霊感がないのだから。

怖い思いも、嫌な目にも合ってきたけれども。

霊感がない。

そのことが、今は少しだけ切なかった。



***



「綺麗ですねぇ」


くるりくるりと回るわたしを避けるかのように、人々は道を開ける。

わたしのこの金色の瞳には今、桜の木精が咲かせた狂い桜が目一杯に映っていた。

そう言えばこんな日だったなァ。広也さんと出逢ったのも。

ふふ、と笑って、くるりくるりと回る。


「紅羽」


「……おや、空海ではありませんか」


名前を呼ばれて、振り向いたらそこには二十代後半くらいの青年が立っていた。

金色の髪に作務衣姿と言ったまたなんとも目立つ格好だ。

まあ、彼は生まれた時から金髪ですけどねぇ。こんな形でも彼は寺の跡取りであるし。

それは置いておいて。


「どうかしましたか? 空海」


「僕はちょっと用事を済ませついでに桜を見に来たんだ」


「それはそれは。空海、あなたそんなに暇なんですか?」


「暇と言われると困るなぁ」


こう見えても僕は結構忙しいんだけどね。


「まあでも。滅多に会えない紅羽に会えたからいいか」


「ふふ、天然記念物ですからね」


「そうだね、紅羽ほど『会えない』モノもそうは居ないよね」


なのに、あの男は出逢えるのか。


「それは少し、気に食わないね」


「おやまあ、年甲斐もなく嫉妬ですか?」


「まあね」


「大丈夫ですよ」


私は誰のモノにもなれませんから。


そう呟きたかったわたしの声は、けれどもひらひらと命を散らすかのように舞い散る桜の花弁に隠れて消えてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る