片思い中の女の子のための背面アプローチ
木村ポトフ
第1話 プロローグ
「イモ娘だって、恋をするよ」
「それは、都会のシティボーイに?」
「地元の、普通の男の子にっ」
友達の恋愛相談に乗ってほしい……と我が姪が、イモ娘を連れてきた。
そばかすの散った下ぶくれの顔に、三つ編みオサゲ。醤油で煮締めたような色合いの茶のブラウス。年寄くさい半そでちゃんちゃんこに、モンペのような作業ズボン。そして腰には、どこぞの農機具店の宣伝入りの手ぬぐいを下げている。
石巻は確かに東北の片田舎ではあるけれど、こんな戦前からタイムスリップしてきたような女子高生、見たことがない。
「なあ、桜子。このお嬢さんの恰好、何かの、罰ゲーム?」
「タクちゃん、失礼ねえ」
当の女の子が、何やらごにょごにょささやく。
「……」
「えーと。何を言っているか、分かりません」
というか、桜子の背中に隠れっぱなしでは、ラチがあかない。
塾長室には、一応応接セットも置いてあり、三人かけの牛革ソファが二脚、テーブルを挟んで置いてある。来客は彼女たちだけなのに、ソファの一番はしっこ、よりにもよって私のデスクから一番遠くに、イモ娘は腰を下ろした。
「……」
「だから。何を言っているか、分かりません」
「モンペの話よ。先輩、今日は月に一度の道場の掃除だから。石巻線から降りたら、直帰するためなんだって」
「へー。てか、道場って?」
「先輩、薙刀の達人なの。おばあちゃんが道場主で、お母さんが師範代」
「へー。人は見かけによらないもんだね……あ。失敬。てか、そろそろ、自己紹介を、お願いします。桜子から、他己紹介でも、いいんだけどさ」
「タクちゃん、重ね重ね、失礼ねえ」
「……それは、さっき、聞いた」
「自分の塾の生徒、しかも受持ちクラスの人の名前、覚えてないの?」
「えっ、そうなの?」
「毎週、水曜と金曜、国私併願型・小論文Aタイプ・クラス」
要するに、文学部・教育学部志望の女の子か。
「名前、なんだったっけ……」
「うわ。すんごい失礼。ていうか、タクちゃんファンの塾生みんなに、バラしちゃお。胸の大きさはチェックしてても、顔と名前は覚えてない卑劣漢だって」
「失敬な。ヒップの曲線も、ちゃんと覚えてるぞ。おしりフェチだし」
胸を張って、言う。
我が姪は、あからさまなため息をつく。
「タクちゃん。そんなんだから、年齢イコール彼女いない歴なのよ。セクハラ男」
「ふむ。男子校出身だから。バンカラかつ豪快に、下品なのだ。最初っから、分かってるだろ。恋愛相談は、他所で頼む」
「でも、タクちゃんじゃなきゃ、ダメなの」
「彼女の、ご指名?」
「そう。タクちゃんじゃ無理って、一生懸命とめたんだけど」
「……相談にはちゃんと乗るから、そのタクちゃんっていうの、塾ではやめてくれ」
私たちのやり取りを横目で見ながら、生徒さんはクスクス笑っている。どうやら、さきほどよりはリラックスしてきたようだ。
「でも、タクちゃんはタクちゃんでしょ」
「一応塾長なのに、威厳がない」
「でも、かわいいニックネームで呼ばれたほうが、女の子にはウケるわよ」
「そうかな?」
「かわいいっていうのは、女の子の褒め言葉だし。ほら、マリモッコリとか奈良のせんとくんとか、プロレスラーのアントニオ猪木とか」
「そう……かな?」
「タクちゃんっ」
「何?」
「そんな、真顔で信じないでよ。私、罪悪感わいちゃうじゃない」
「……」
と、一通りからかわれた後、ようやく話は本題に入った。
彼女は引っ込み事案で、軽い男性恐怖症で、というか、結構激しい人見知りで、こんな格好をしていなくとも、自他ともに認めるイモ娘である。中途半端なイモ娘には男子から需要がない。が、彼女のように突き抜けた「イモ」には、その手のマニアから、絶大な支持があり、もちろん隠れファンも多い。しかし、残念ながら、今回彼女が思いを寄せた相手には、彼女のその「魅力」が通じないようなのだ……。
「盛大な演説ありがとう、桜子。ウチのネトゲのパーティメンバーにも、三度のメシよりイモが好きってのがいるから、言ってることは分かる。けど、当の本人が、違うって言ってるぞ」
ぶんぶんと、首を横に振っている。
「もー。だから、先輩、余計な謙遜はナシにしてよ」
「さっきから、先輩、先輩って言ってるけど、彼女、高校の先輩ってことで、いいんだな」
桜子が補足する前に、ようやく当の本人がしゃべってくれた。
「はい。川崎マキです。センセ、今度はちゃんと、覚えてくださいね」
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