第19話 大月の力
狂気的な笑みを浮かべながら、大月はゆっくりと歩み出す。蓮は立った場所から動かず身構えたままだ。
そして、大月がおよそ5mの距離に入った瞬間、姿が掻き消えた。一瞬で蓮の懐に潜り込み、右腕でその顔を穿つ。しかし蓮は危なげなくそれを躱しガラ空きにあった脇腹にそのまま蹴りを加える。が、当たる直前またも姿が掻き消え蹴りは空振りに終わる。
(なるほど、速いな。)
「やっぱり僕の目に狂いはなかったね、並の奴なら最初の一手で終わってたよ♪」
相変わらず気味の悪い笑みを浮かべながら、自信ありげに呟く。しかし誇張ではなく確かに並の相手であれば最初の拳で顔面を砕かれていただろう。それほどの速さを持っていた。
「舐めるな。あの程度の速さの相手なら今まで何度も戦ってきた。」
蓮のこの言葉もまた事実。
今度は蓮が腰を少し落とし、足に力を込める。
そして一瞬で大月の背後に回り、拳を引き絞る。振り返る一瞬の間を突き、ストレートを放つ。
殴った音とは思えない、まるで車に衝突したような鈍い音が鳴る。
大月は蓮の拳を受け止めていた。
だが、拳はフェイク。受け止められるのを前提に動いていた蓮は、相手の動きが一瞬止まった隙を付いて、空いた脇腹に蹴りを加える。
骨が砕ける嫌な音が鳴り、横に大きく飛ばされ地面を転がる。
蓮は手加減をしなかった。今ので完全に肋骨を砕いた。
「ふふふふっ」
尚も笑みを絶やさない大月は立ち上がる。服が破れ、蓮が蹴った場所が紫に染まっていた。
「今のは効いたよ、痛いじゃないか。」
ひょうひょうとしているが、普通なら激痛でのたうち回るほどの怪我だ。蓮はその胆力に驚嘆していると、信じられない現象を目にする。
「なんだと?」
大月のアザがみるみる引いていったのだ。その光景に目を奪われていると、ものの数秒で怪我が完治してしまった。
「驚いたかい?これが僕の能力の1つさ。」
「なるほど。俺も人のことは言えんが、ここまで人間を辞めた奴を見るのは初めてだ。」
蓮は目前にいる怪物の認識を改める事にした。覚醒者である蓮に匹敵するであろう身体能力、上位の憎魔でも中々お目にかかれない超速再生の能力。現状、数手しか拳を交わしていないが、Lv3の憎魔を超えると蓮は確信した。それに口ぶりからしてまだ何か能力を隠し持っている。
ならば、こちらもそれ相応の力で当たらなければならない。
「クロユリ、起動」
蓮は素早くクロユリを起動する。
大月は興味深そうにその様子を見つめる。
「へぇ、初めて見るタイプの武器だ。面白いね。刀以外にも色々変形できそうだね」
「それは、企業秘密だ」
言い終えると同時に、蓮は一気に間合いを潰し刃を振り下ろす。本日最速の動きに大月は一瞬の動揺を見せる。回避は間に合わないと判断したのか右腕でガードする。
だが、いくら強靭な肉体を持つ大月であろうと、クロユリの刃を生身で受けきることは叶わず、右腕の肘から下を切り飛ばされた。
しかし、そんな事はお構い無しと言わんばかりに、蓮が刀を振り下ろした一瞬の硬直を突いて蹴りを放つ。
蓮は身をかがめ蹴りを回避する。そのまま後ろに跳躍し再度距離を取る。
「くぅ〜〜〜、痛いな〜〜もう。」
地面に落ちた右腕を拾いながらそう放つ。
「その武器、いいスペリオルだね。自慢じゃないけど、普通の武器だったら僕の身体に傷一つ付けられない筈だから。まさかこんなアッサリ切り落とされるとは思わなかったよ」
どこか嬉しそうに話す大月。まだ余裕があるかのような振る舞いに見える。
「相変わらずよく喋る奴だ。」
「楽しくてついね。それに、まだまだこれからだよ、盛り上がってくるのは」
大月は腕の切断面同士を引っ付ける。すると血管や骨が互いに引き合うように結合し始める。
そしてものの数秒で腕が元どおりになった。
腕の動作を確かめる大月。
「まるでトカゲだな。」
怪訝な顔をしながら蓮は愚痴る。驚異的な再生能力を持つ事は分かっていたが切り落とした腕が元どおりになるのはさすがに予想外であった。
再び大月は蓮に目線を移した。
「う〜ん。さすがに僕も丸腰じゃきついかな。」
そう言って右手を上空にかざす。すると彼の血が手の平に集まりだす。そのまま剣を形成し始め、真っ赤な直剣が出来上がった。
その剣はまるで生きているかの様で、不気味に脈動していた。その剣を構え大月は笑みを浮かべ、
「第2ラウンドだよ♪」
地面が爆ぜその勢いのまま連に斬りかかる。しかしそのスピードに対応出来る連は、再度紙一重で避けカウンターを打ち込もうとする。
そして剣が目前に迫り、避けようとしたその瞬間、血剣の切っ先がブレた。
「っ!!」
連は直感が危険を察知し、カウンターを諦め大きく後ろに跳び退いた。
頬がわずかに切り裂かれ血が流れた。
「まさか今のも避けられるなんて、やっぱり君は最高だよ!」
わずかに流れる血を拭いながら連は思考する。
(あの剣、わずかに動いた。当たる直前だけ高速で。)
生物の気配を発するあの血剣。文字通り生きているのだ。つまり大月の剣筋だけを見切ってもダメだということだ。剣筋を剣自身が変えれるとなると厄介極まりない。
「つくづく厄介な。」
「おや?やはり気づいたようだね。」
大月は自身の能力が見切られたというのにどこか嬉しそうだ。
「だいたいの奴は初見で切り殺せるんだけど、初見で見切られたのは初めてだよ。」
もう隠す必要もないと言わんばかりに真紅の刀身が不自然に曲がり伸び始める。そして距離が離れたまま突きの構えを取り始めた。
「シッ!」
銃弾をも超える速度で剣が伸び蓮を襲う。
しかし当然蓮はそれを躱し、逆に大月に向けて走りだす。
「甘いよ!」
大月の刀剣が蛇の様にうねり、切っ先が蓮の背後を捉える。そしてその背中を貫かんと高速で迫る。
蓮はそれをギリギリまで引きつけた。
剣先が蓮を貫くその瞬間
「…クロユリ 戦術六号」
蓮は、さらなる力を解放した。
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