第23話
「サメさん!?しっかりしてください!」
佐芽は呼びかけにこたえない。キリはキッと暁を睨みつけた。
「何が神の眷属ですか。どうみてもあなたが召喚したのは世にも恐ろしい化物です!」
「失礼なことを云いますね。現に我が信徒たちは、眷属のあまりの神々しさに自然と平伏しているではありませんか。ああ、お連れの方も神のオーラを感じ取っているようですね」
「こんなの狂わされているだけです。私はあなたを許しません。ナナノちゃんを危険な目に合わせ、屋敷の人々を殺害し、更には住宅街の人々まで。なーにが祝福ですか。七の巫女ですか。眷属ですか。私たちは無事に灰冠島から帰るんです!」
キリを取り囲むように狐火がふよふよと浮遊する。その狐火はキリが望むものだけを燃やす。燃やし尽くす。キリはステップを踏むように狐火を発射した。炎の舞踏は情熱的なタップダンスを踊りながら暁の下へ吸い込まれていく。
「黒山羊」
森の黒山羊がのそりと動いた。暁に覆いかぶさるように前へ出ると、触手を畝らせ狐火を掻き消した。触手の表面には焦げ跡一つ見当たらない。
「ぼくには神の眷属がついているんですよ? あなたの炎など神の力の前では無力です。銃火器でさえ黒山羊を打ち倒すことは叶わないでしょう」
「おーおー、こりゃ詰みだろ。打開策ないな」
時任は呑気にへらへらと笑った。ついでに時任はうつろな目をした佐芽の頬をぐにぐにと引っ張るが、それといって反応はなく、なされるがままになっている。
「笑っている暇があるなら、隙をみてナナノちゃんを祭壇から助け出してください!」
「無茶云うな。あんな化物の守りを突破するとか無理ゲーだろ。下手に近づいて触手で薙ぎ払われたら、あんなん一撃でお陀仏だろうが」
「あなた方、なにか誤解されていませんですかねえ。ぼくが恩人に危害を加えるわけないでしょう。もちろん七の巫女を何処かに隠されては困るのですが……。それに七の巫女は取り戻しただけ。異教徒は死んで当然。付け足すならば、住宅街の方々に我が教団が迷惑をかけた覚えはありませんよ」
森の子山羊の圧倒的な力にめげず、キリは狐火を放ち続ける。
「住宅地から人が消えていながら、土累奴教団が関わっていないと主張するだなんて無理があります」
暁は興味深そうに考え込んだ。
「人が消えている……それは初耳ですねえ。一日中この祭壇で神降臨のための儀式を行なっていたものですから、我々は無関係です。するとあの異教徒たちの死体も消えていたのでしょうか」
「……屋敷に遺体は見当たりませんでした。あなたたちが処理したのではないんですか」
「ええもちろん。異教徒に必要以上に触れるのは御免ですから。彼らは七の巫女を育てる役割を負いながら、何千年も停滞した日々を送り……ぼくらは生まれ変わるべきなのです。神の祝福に報いなければならない」
キリは心を落ち着けるように深呼吸して尋ねた。
「屋敷に暗証番号5桁の金庫がありました。暗証番号に心当たりはありませんか」
「金庫ですか。気づきませんでしたが。彼らは7に強いこだわりがあったようなので、どうせ77777とかだと思いますけどね」
そうですか、とキリは嘆息した。
「ではこちらからも質問させていただきましょう」
暁は森の黒山羊に軽く触れた。
「黒山羊を召喚する際、生贄として私は七の巫女を捧げました。しかし黒山羊は生贄を受け取りませんでした。にも関わらず黒山羊は私に付き従ってくれています。これは一体どういうことなのでしょうか。ご存知ないですかね」
森の黒山羊は狐火を振り払うたび、ホウホウと楽しそうに鳴いている。
「知りませんよそんなの」
「まあいいでしょう。些細なことでしたね。祭壇、七の巫女、満月の光を取り込むムーンレンズと条件は取り揃えました。我が土累奴教団の悲願は今晩果たされるのですから!」
暁の喜びに反して、鉄塔のてっぺんに配置されたレンズは七の巫女をただ照らすだけだ。レンズ一枚で集めた月光はあまりに儚い。
「いあ いあ しゅーいぐはむ!」
暁の賛美に佐芽がひっ、と怯えた。いや、違う。彼女は暁の背後に怯えている。墓場の匂いが一段と濃くなる。
「サメちゃんやっと人間らしい反応したな。そろそろ立てるか?」
一瞬キリが佐芽を気遣うように視線を向けて戻した時、暁はその場にいなかった。
慌ててキリが暁を探すと、黒いローブと足だけが、森の黒山羊の口からはみ出ているのを発見した。
「え?」
足はジタバタと動いていたが、やがて飲み込まれて見えなくなった。狐火を受けていた森の黒山羊は、突如主人が消えて動揺した。しかし同胞の姿を認めると下品にホウホウと鳴いた。2体の森の黒山羊はコミュニケーションをとるかのように触手を絡み合わせていく。
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