第16話

「嬢ちゃんがどこにいるのかっつーと、島の南にある森なのよ」


「森?」

 

 時任ときとうはハフハフと真っ黒なゆで卵を口で転がしている。


 ふむ。森ならばナナノが人目につくことはないだろう。しかしなぜこいつはそれを知っているのだろうか。


「まずは俺が島へやってきた経緯を教えなきゃならんか。俺は雑誌記者としてスクープを求めてこの数ヶ月、新興宗教、土累奴どるいど教団に入団して潜入調査をしていたんだ。教祖は暁大地って名だったか。この教団だが、入信した若者が教団施設から帰ってこないと評判でな。こりゃ薬物が関連していると推測して念入りにマークしてたんだな。活動内容は座禅を組んだりとか念仏を唱えたりで案外寺の修行と変わらなくて拍子抜けしたんだが、やがて動きがあった」


「それが灰冠島に関係していたんですか」


「そう、正解だ。教団は紐が絡みあったような、ミミズのかたまりみたいな偶像に信仰を寄せているんだが、ある日、暁が神託を受けたとかほざいたのさ。奴らの信仰する神が灰冠島に縛られているってな。教団全員で島へ行くってんで仕方ないから俺もついてきたってわけ。そうしてこの島へやってきたのが10日ぐらい前だな」


「そこまで前の話ではないのか。土累奴教団が信仰してる神って分かる?」


「俺は見習い信者だから確信は持てないんだが、しゅーいぐはむって名前だと思うぜ。念仏に『しゅーいぐはむ』って文言が何度も登場するんだ。


 餃子が時任の胃にどんどん消えていき、ついには替え玉を注文しやがった。


 しゅーいぐはむ。私たちは共にうなずいた。黒装束たちもしゅーいぐはむと叫んでいた。ナナノを攫ったのは、土累奴教団の人間で間違いなさそうだ。


「かといっても犯罪行為をするまでもなく大人しいもんよ。一昨日の夜まではな。それまでの信者の仕事といったら鉄塔を建設することだけだ。このクソ暑い中の肉体労働はこたえたぜ」


「鉄塔?どこにですか」


「実は森の深くに古い祭壇っぽい建造物があってだな。信者たち総出でその祭壇の上に鉄塔をせっせと立てさせられたのよ。同期から聞いただけで暁を問いただしたわけじゃないんだが、なんでも神を降臨させるためのセッティングの一環らしい」


「神を降臨させるとか、俄然きな臭くなってきましたね」


「だろ?で、問題は一昨日の夜からだ。暁の野郎は幹部連中とよく姿をくらましていてな。あとをつけたら古い屋敷に出入りしていることが分かったのさ。一昨日の晩も暁は幹部を引き連れてその屋敷に行って帰ってきたんだが、帰ってきた奴らの服、どうなってたと思う?そう、全身血塗れだったのさ」


 コップの水をぐびっと飲み干すと、時任は一段と声を潜めた。


「奴らは翌日の朝、何事もなかったかのように信者の前に姿を現して云ったんだ。『七の巫女を探し出して保護するのだ』ってな。その後は察しがつくだろ。嬢ちゃんを発見した教団は信者に嬢ちゃんを誘拐させたんだ。嬢ちゃんは眠らされてて、一応生きてる。もちろん五体満足だ。今後もそうだとは限らないが」


 私はひとまず胸を撫で下ろした。生きている。それといった危害は加えられていないのは朗報としていいだろう。


「暁って人がナナノを探していた理由って何か知ってる?」


「あー、なんか儀式に必要なのだー!みたいな発言があった気がするな。勘違いかもしれんが。教祖サマに直接聞くのが一番の近道だな」


 時任はどんぶりを持ち上げて、ラーメンのスープをごくごくと飲み干してしまった。いつの間にか、彼の前の皿は全て空っぽになっている。


「ごちそうになったな。それじゃがんばれよ。お前らなら出来る!根拠はないが」


 時任はガハハと笑いながらラーメン屋を後にしようと立ち上がった。

 キリが慌てて引き留めようとする。


「ちょ、ちょっと待ってください。今ので聞きたいことが色々。ナナノちゃんがいるという祭壇の正確な場所も分かっていません」


 私もうんうんとキリに同意した。


「そうか。まあ教えてやってもいいがなあ、こっからは別料金だぜ」


 ニヤニヤと笑うこいつの視線はまっすぐ店先に並んだ焼き芋を見据えている。私はこいつを食の亡者と名付けた。

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