第14話

 灰冠島資料館には閑古鳥が鳴いている。うまいもの巡りや温泉と付随する娯楽施設を堪能するのが観光の主流なのだろうか。


 ま、島の一資料館だ。1時間程あれば展示を一通り回ることが出来るだろう。


「やっぱり火山が元になっている温泉なんですね。むしろ火山性でない方が不自然ですけれど。どうやら療養施設としての役割もあるようですね」


 温泉は性質ごとに泉質適応症と泉質禁忌症が定められている。灰冠島の温泉は酸性硫黄泉に分類され、ナナノが説明してくれた通りアトピー性皮膚炎や慢性湿疹等に効果があるようだ。しかし説明によるとそれどころか万病に効くと評判であるらしい。温泉療養というのは古くから実施されていて、各所に療養に訪れた貴族や将軍が建てさせた、石碑まで現存しているみたいだ。効果は本物だったに違いない。


「年間1000人以上が来るなんて、医療方面でも優秀なんだね」


「怪我した人のリハビリ場所として活用するというのは盲点でしたね。水中なら浮力で体を動かすのが楽ですし、温泉なので血行も促進できます。ただの温泉観光地じゃなかったんですねえ」


「あ、温泉たまごがどうしてできるかも書いてあるよ。なるほど。黄身と白身が固まる温度の差をうまく使ってるんだ。固まる60度って温度も私からしたら高いように感じるけどね」


「これは灰冠島の土というか砂ですね。ふむふむ、砂が集まってシラス大地になっているんですね。名産品がサツマイモなのにも納得です」


「名産品はいなり寿司じゃなかったの!?」


 私は驚いて振り返った。おうその目はやめろよ。私が哀れむべきバカみたいじゃないか。それなら昨日、焼き芋とサツマイモソフトクリームとサツマイモせんべいを食べておくんだったなあ。


 普通に資料館を楽しみながら私たちが展示を眺めていくと、『灰冠島に火山ができたわけ』という昔話が壁にかけられていた。


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 その昔、灰冠島はありふれた島の一つだった。ある年、島は類を見ない飢饉に陥った。藁にもすがる思いで雨ごいをすると願いが天に届いた。平らだった土地が盛り上がり山となった。山から雲がもくもく湧き出して雨が降ってきた。みんなで大喜びする中、頭に声が響いた。「願いは聞き届けた。おぬしらが飢えることはもうない。その代わりに儂へ供物をささげなさい。七年に一度で構わぬ」神は六本の指を目印に島民へ祝福をもたらしたのだった。

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 私は手のひらを前に突き出してまじまじと観察した。


「アイアムトーミン?」


「疑問文ならアムアイですよ」


 英語よわよわキツネのくせに偉くなったもんだな。私は事件が収束したら英文メッセージを大量に送りつけてやろうと決意した。

 それで祝福ってなにさ。いまのところ特典ないんですけど。誕生日に風船がもらえるとか、下らない祝福だったら神をぶっ飛ばしてやる。

 拳をかち合わせて意気込む私をキリが呼びつけた。


「ちょっとサメさん、この壁の写真を見てください」


 あいよ。


 写真の中央には一本の枯木だけが写っていて、『不死身の枯木』と題されていた。枯れ木の周囲に木は生えていない。この枯木は白雲山の登山道の途中にある広場のようなところに生えていて、文献によると枯木のままで少なくとも400年は生えているとのこと。枯木は奇妙にねじくれていて、幹にぽっかりと虚が空いていた。


「すごい木だね。400年も朽ちずに残ってるならもしかしてまだ生きてるんじゃない?」


「400年の歴史は確かにびっくりする事実なんですけど、それよりも周囲に木が生えていないことに気がつきましたか」


「まあそうだね。それがどうかしたの」


「植生的に考えてこの枯木がある位置は苔や雑草が生えているはずの場所なんです。つまりそもそもとして、ポツンと木が一本だけ生えているのが不自然すぎるんですよ。この木、絶対に何かあります」


 名探偵キリの眼鏡がキラリと光った。

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