祝福のアンラッキーセブン

魚交

第1話

 私は、潮風が耳を揺らしたその瞬間を見逃さなかった。すかさずシャッターを切り、思い出をカメラに収めた。雄大な海を眺める彼女の優美な姿は、黒い宝石と呼ばれるキャビアにも見劣りしないだろう。

 彼女は私の手にカメラが握られているのに気がついたようで、


「あっ、写真撮るなら一言声をかけてくださいよ!」


彼女は文句を云いながら風で乱れていた服や毛並みを整えていく。


「はい、チーズ」


 仕方なくシャッターを切ったが、ピースサインは、いかにもカメラを意識しているようであまり私の好みではない。できるならばもっと自然な表情をアルバムに貼り付けておきたかった。


「サメさーん、やっと島が見えてきましたよ!」


彼女──駒山キリの無邪気な声に連れられるように、私も船のデッキへ向かった。


 灰冠はいかぶり島。本土から船でおよそ2時間の距離にあるその島は、一応T都に属しているらしい。

 現在、私、佐芽さめ熨斗人のしとと駒山キリは一緒にその灰冠島へ向かう道中にある。

 灰冠島は、名から想像できるように火山のある島だ。長い時間をかけて積み重なった火山灰によって出来た島だと云われている。島の主力産業は水捌けのいい土を活かした農業と温泉による観光業だ。夕日の沈む海。それを眺めながら浸かる露天風呂は最高のひと時を提供してくれるに違いない。

 そう。私たちは短い夏休みを利用して観光に来たのである。しかし一番の目的は温泉ではなく……


「いなり寿司、楽しみですね〜」


 夢みる乙女のようにキリが呟いた。

 いなり寿司ジャンキーであるキリの最大の目的は、島ならではの海鮮いなり寿司であった。キリによるといなり寿司界隈で話題の海鮮いなりが島内限定で販売されているとのこと。私はそれに付き合わされる形だ。ところでいなり寿司界隈って何だろう。

 まあ私も、この夏休みをどう過ごすか考えあぐねていたところだ。ひたすら読書をするにしても、扇風機しかない我が家より旅行先の方がずっと素晴らしい読書体験ができるに違いない。


 下船して子供のようにはしゃぐキリを横目に、私は振り返り、本土が遥か彼方にあることを確認する。

 本来ならば、この島に来るのは数日前になるはずだった。


「あれ?おかしいですね」


 問題が発覚したのは、キリが旅館を予約しようとしたときだ。予約を入れるため、日付にチェックを入れると7日分、つまり一週間のチェックが自動的に入ったのだ。サイトの不具合かと思ったが、その理由はお知らせ欄に書いてあった。


──渦潮の発生。


 どうやら灰冠島周辺の海流は複雑で、7年に1度の周期で、船が出せないほどの渦潮が発生するらしい。要約すると、渦潮の期間は島に入ることも出ることも出来ない、ということだ。

 島の観光ホームページによるとその間、伝統ある祭りが開催されるらしかったのだが、


「流石に一週間も滞在するお金はないですね」


 ということで、渦潮の時期が終わった後、私たちはやっとのことで灰冠島に足を踏み入れたのだった。

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