煩悩ちゃん!

野宮ゆかり

第1話 出会い

藤宮ひばりは、息を呑んだ。

はとこの藤原花澄が通う朱華女子学園はねずじょしがくえん。花澄から話を聞いてすぐに惚れた。絶対にここに通うと決めたのが二年前。

彼女は今、そこに立っている。淡いクリーム色の制服が身を包む。茨に覆われた古めかしい門を潜り抜け、その向こうに待っていたのは……

「ねえねえあなた高入生?私2組の宮城英子、はなこってダサいからパナップって呼んでね一緒に教室まで行こ」

「えっあっはい……えっパナップ?」

受け入れたくない、現実だった。


女子校とはいえそこそこの名門だしお嬢様学校でもある。朱華女子に通ってますと言えば、ああこの子の家はお金持ちなんだな、と大半の人間はまず思うだろう。無論ひばりも例外ではなかった。父は外交官である。ごきげんよう!みたいな挨拶が飛び交う世界を想像し、期待をもしていたひばりは、あまりの落差に最早乾いた笑いが出た。花澄のバカ。あんな奴には金輪際アイス奢んないから。

しかも泣きっ面に蜂とはこのことか、入学早々先生に用事を頼まれる始末である。

「第二音楽室…ここかな」

ノックをするが返事がない。思い切って鉄の扉を開けると、ぎしぎしという扉のきしむ音と混ざったほこりの匂いがひばりの鼻を蝕んだ。

「失礼しま………」

人影はない。明かり取りから差し込む日光が、積みあがった古本を不気味に照らす。ぎぃぎぃ、がちゃ。音を立てて扉が閉まった。

ひばりは脱力してその場にへたり込む。期待もくそもなかった。

「もうちょっとましな学校だったら良かったのに......」

訳も分からないほど長い溜息をついた、その時である。


「それな?」


自分と同じ声が降ってきた。慌てて扉のほうを振り返るひばり。だがそこに影はない。

脳みそのバグだ。ひばりは向き直った。ひばりの眼が何かをとらえた。





「いやぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!」





小さな雲が、浮いていた。





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