悪ノリメイドとお坊ちゃん

ひかげ

プロローグ〜早乙女藤二郎の朝〜

日本有数の名家、早乙女家の嫡男、早乙女藤二郎さおとめとうじろう16歳の朝は早い。

日の出と共に起き、身支度を整え、まず向かうのが自室のクローゼットである。

彼は170㎝を超えるなかなかの高身長なのだが、そんな彼よりも頭五つ分ほど高く、幅も広いクローゼットには、私服や上着、カバンなどで埋められている。


そして、彼はクローゼットの中にある小さな引き出しを開け、ため息をつく。

中には


ウイィィィィン…カサカサカサ


「………………」


動くゼンマイ式のゴキさんのおもちゃ。

しかも、よく耳をすませば


ゥィィィ…カサ…サ


「………………」


まだ数匹はいるような音。

藤二郎はまたもやため息をつく。

そして、理想としていたコーヒーを飲みながら読書という至福の朝の時間を、頭の中のスケジュールから消し去った。


__*○*__


「…………」


起床から30分。

五月半ばの今頃は、もうすでに日がそれなりに昇ってきていた。

4時半過ぎには起きていたはずなのに、時刻はもう5時過ぎ。

手元には、あれから新たに見つかった走るゴキさん計15匹。

誠に虚しいことだが、犯人には目星がついている。

というよりも、藤二郎の部屋にこんなものを仕掛けるのは、2しかいない。


今頃、その2人は今日の予定の確認だったり、お互いの髪を結ったりしているのだろう。

藤二郎が既に、このゴキさん計15匹を捕まえたことを予想しつつも。


分かっている。分かっているつもりではあるのだ。

この“些細なイタズラ”が、2人からの好意であることを。

名家の嫡男として、堅苦しい日々を送っている自分を、笑わせようとしているのだと。


だが、しかし。


いくら周りの人間に『完璧』だの『紳士』だの言われても、藤二郎とて人の子である。

分かっている。分かっているけども。

毎度のことなのだけども。


千紗ちさ!!!刹那せつな!!!いい加減にしなさい!昨日よりも数が増えてるぞ!!!」




怒るのは、怒りたくなるのは、当たり前である。

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