第17話 令和弐年の三月十一日は『異世界転生もの』をやってみる①

「あ゛??? オブジェクトすり抜けバグとか、やる気ある???」

小山内翔子はデバッガーだった。そして今しがた、マンションとマンションの間から無の空間へと落ちて死んだ。これはテストしているデータの話ではない。現実の話だ。

 落下の末、おっとり美人系お姉さん(女神)にお姫様抱っこで抱えられた。

「空から女の子が!?」

 と言う悲鳴と共に。


 お姉さんは自分を「神」だと名乗る。

「ごめんなさいー! だって、こんな所に知的生命体ができてるなんて思わなかったの。適当に作ったマップだったのにー!」

その発言から、小山内翔子は上記の文句を女神にするのであった。なかなかの剣幕だったのか、女神は泣きながら謝った。


―――

落下の直前の話。

―――


 小山内翔子は仕事帰りだった。

 牛丼を食べながら、アプリゲームをぽちぽちしていた。だが半分食べたあたりで、急激に気持ち悪くなった。食事を途中に外に出るも、回復しなかった。どころか、足取りはフラフラして視界も回った。毒でも食べたのか? 悪寒と汗が沸き起こっていた。

「なんか変だ。やばい。それにしたってやばい」

 電柱に寄りかかって吐く。胃の中からは食べたばかりの牛丼が吐き出されたが、一向に気分は戻らなかった。

 視界がぼやける。

「走馬灯が見える」

 電柱から顔を上げると、そこは小学生時代の通学路に見えた。しかも夏休みに入る日で、ランドセルの中に大量の教科書と宿題を両手に持って炎天下の中、死にそうに帰った日のようだった。

「うわー。よりによってこの日かよ」

朦朧としながら、どうせ死ぬなら夢の中でも家に帰りたい。そう思って、ランドセルを背負った子供姿の小山内翔子は、フラフラと炎天下の中を歩く。

 最悪な体調のまま歩き切るのはさすがにきつかった。少しでも近道をと歩いていると、学校から家を分断していたマンションが目に入った。

 緑色のマンションがそびえている。デバッガーの目線で見ると、壁に違和感を覚えた。

「このマンションのテクスチャーの張り方、いま思うと変だよねー。オブジェクトの配置に則せば、このマンションとマンションの間通ろうとしたら下に落っこちそー」

当時は思わなった感想がつい口に出た。そして、小山内翔子はデバッグが身に沁みついている。今日の仕事でも、ひたすら3Dの町を歩いて予定外の所に飛び出さないように調べていたのだ。現実世界も、そういう目で見てしまうのは職業病と言う奴だろう。

「おじゃましまーすよっと」

 そしてマンションの壁の、模様と模様の隙間を縫うように体をこすった。思惑通り、世界の裏側へと落ちてしまう。

「あ、あったわー」

 仕事ならよかった。しかし、地面の裏側から、何もない地球の奥底へ小山内翔子は落ちたのだった。


―――


 小山内翔子は気が抜けて、自分が気持ち悪かいのもすっかり忘れていた。神はけろっとした姿で翔子に言う。

「あなたオブジェクト外に飛び出したので、おそらくステータス設定反映されなくなってますね……あー死んでます」

「ふ ざ け る な」

 淡々と読み上げる神に迫る翔子。泣く神。

 そこで翔子は気づく。

「あんた当然、修正できるんでしょ?」

 神は目線をずらす。翔子は察した。

「……あのー、私もキットで作っているものでして、数値を理解していないと言いますかー」

 翔子はため息を吐き、情報を整理して神の見ている端末を奪い取った。

「いいでしょ。この翔子様が、この世界をデバッグしてあげるわ!」

 そう、高らかに神へ宣言するのであった。

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