令和弐年の三月十一日は『異世界転生もの』をやってみる①

一塚 保

第1話 令和弐年の二月十八日は『切り絵の魔術師』で微ホラー

蝶の切り絵で有名になった切り絵作家であった。

元来の手先の器用さで、まるで生きている蝶のようにだとしてバズった。手元にあった昆虫図鑑から適当に選出して、気軽にSNSに作品を見せただけだった。机に蝶を置いて、図鑑の写真と比べているような作品だ。しかし、たくさんの人の眼に触れられるようになって、外で花にとめて、まるで生きている蝶のような写真として公開したり。たまってきた複数の作品を標本にまとめたりした所で彼に個展の声がかかった。

「sonoさんの蝶で、植物園とコラボしましょう!」

そこからは早かった。彼の時間はどんどんと切り絵にあてられて、その内に昆虫学者の人からの提案があったり、切り絵作家との交流が増え、いつの間にか切り絵作家として世に認知された。


その頃だった。

人気と言う物が増え、人目に増えると必ず妙な私信が届いたりする。

彼に届いた中で異彩を放っていたのは、”本物の蝶を切り抜いた画像がひたすら送られてくるもの”だった。

それは徹底されていて、文章の添付はなく、毎週一度日曜の夜にひっそりと一枚画像データが送られてくるもの。送信元のアカウントも専用に作られていた。

悪意や敵意を感じるものではなかったし、動物虐待と言う趣でもない――悪趣味ではあるが。無視をするだけでも良かったし、気が向いた時に見る分には良かった。その時点で害はなかったのだ。

彼が個展を開いた週には、そこで展示されたモチーフの蝶が刻まれて送られてきていた。その点においては、熱烈なファンの歪んだ愛情として、彼は理解していた。


だが、彼の作品が、昆虫学者とのコラボレーションである『幻想蝶の実現展』を開いた時だった。それは、創作の世界・空想の世界で語られた蝶、学者がありそうでない蝶を監修の下、彼が切り絵として実現させる展示会。

その日曜に彼に送られてきたのは、もちろん”本物の蝶を切り抜いた画像”、そして”現実にはいない空想の蝶そのもの”だ。彼はいささかの苦慮の末、監修元の学者先生に連絡を取った。

「いえ、そんなはずが……。」

学者先生も悩んだ末、背景に映っていた葉や画像の解析から、新種の蝶が発見されるのであった。


彼は不気味に思い、このアカウントに文章で返信をしてみた。予想の通り返事はなかった。次の日曜には何事もなかったように”本物の蝶を切り抜いた画像”が送られてくるだけ。

考えた末、彼は学者先生がお蔵入りにした幻想蝶の作品も切り絵にした。それをこのアカウントに送ると、翌日曜にはまた”いないはずの蝶”が切り抜かれた画像が届く。同様の解析の上、これも新種の蝶として発見された。

「一度ならず二度までも……。三度目があるか分かりませんが、このアカウントが何をしているのか。私も不気味に感じます。」

学者先生も言った。


その後、学者先生は「新種の発見が必要なので――」と、切り絵作家に秘密裏に依頼をするようになった。彼は悩みながらも断り切れず、そして例のアカウントからは新種の蝶の切り抜きが送られてきた。

繰り返されると段々とペースは早くなり、学者先生の頼む態度も横柄になった。切り絵作品自体は、ひとつひとつが地道な作業の積み重ねで、時間のかかる作品である。雑になってきた蝶の作品も、例のアカウントからは画像がしっかりと返って来るのであった。

「律儀なものだよ」

切り絵作家はその画像に悪態をつき、ある日やめて貰えるよう連絡をする。しかし、当然、返事はかえってこなかった。


悩んだ末、彼はとある作品を作ってこのアカウントに送った。そこにはこう文章を添えた。

『いつも応援ありがとう。お礼と言っては何ですが、貴方の姿を想像して作品にしてみました。気に入ってもらえたら嬉しいです。』

と。

以来、返信はなくなったという。

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