第44話 血に染められし闇の一族の知性と残虐と絶望に包まれた華麗なる魔手

 〜鈴代視点


「ねぇ、いいかげん教えてくれる? この状況で何をするつもりなの?」


 私の心配も71ナナヒトにはどこ吹く風だ。


《んー、とりあえず天使やグラコロさんが相手のカメラを潰してくれるんだろ? それで動きの鈍った奴に近づいて欲しいんだわ》


「それで? どうするの?」


《そこから10、いや7秒で良いから俺に時間をくれ。何が起きるかはその時のお楽しみ、って事で》


 すごく楽しそうな声だ。…嫌な予感しかしない。


「分かってると思うけど、人の生き死にが掛かってるんですからね? ふざけた事はしないでよ?」


《あのな、俺の事を何だと思ってんだよ? 俺だって真面目に言ってるよ。良いから言う通りにやってくれ。あと多分俺、集中してて盾を使う余裕は無いだろうから鈴代ちゃんに渡しておく。どうせ実弾装備の銃じゃ使えないから、手が空くだろ?》


 そう言って副腕の盾を私に押し付けてくる。普段から装備してはいるが、普段は71ナナヒトに持たせている為に馴染み感は無い。この手で盾なんか持ったのは軍学校の練習機以来の久しぶりだ。


 10ヒトマル式防弾盾は性能こそ優れているが、やや大型で取り回しに難のある装備だった。71ナナヒト用の盾は本来1枚の盾を上下に分割して、無理やり2枚にした物を持たせていたのだ。


 昔の輝甲兵は今よりもかなり機動性が低くて、回避運動性能も現行機よりも格段に劣っていた。

 そんな時代の戦いは『攻撃は避けられずに受けるもの』という通念があり、盾の重要性もそれなりに高かった。


 しかし、盾で片手が塞がれてしまっては両手で扱う長銃の類は使えないし、片手で扱える拳銃や短機関銃サブマシンガンでは火力や射程に劣る。


 背中や肩に背負う形の固定兵装砲もあるにはあったが、射界の狭さや再装填の不便さも相俟って、現場からの評判は悪く普及すること無く消えてしまったそうだ。


 やがて輝甲兵の機動性も上がり、重たい盾に頼らなくても十分な回避運動が可能になって、盾の需要は徐々に減っていった。


 現にダーリェン基地から今の『すざく』に至るまで、3071サンマルナナヒト以外に盾を使っている機体は居ない。

 だがしかし、銃弾や砲弾が飛び交う中、盾があれば安心できる部分も多い。ダーリェン基地が壊滅した戦いの前後に71ナナヒトが盾で護ってくれなければ、私は2、3回は死んでいただろう。


『命を護る』道具の意味合い的な重さを感じる。未だに71ナナヒトの思惑は謎だが、今度は彼を守る為に私が盾を振るってみせよう。


 要救助者を含む小隊員達を『すざく』へ戻し、私は田中中尉達の後に続く。


「ちょっとミユキ、どういうつもり? 貴女が来ても射的のまとにしかならないわよ?」


 テレーザさんの通信が飛ぶ。私以外に71ナナヒトを知る人はもう長谷川大尉しか居ないから、別の言い訳を考える必要がある。


 正直、この後71ナナヒトが何をするのか知らないけど、派手は行動は控えて欲しいと切に思う。

 まぁ、そろそろ『すざく』の中でだけくらいは、71ナナヒトの情報を解禁、共有しても良い気がしているのは確かだ。

 71ナナヒトの存在を認知していれば、今後対応する『鎌付き』やまどかさんの事も容易に説明できる。

 いいかげん隠すのに疲れた、という単純な側面も否定しないが……。


「『的』ではなく『盾』になりに来ました。困難な任務に就くお二人を護るくらいの仕事は出来ます!」


 …どんどん嘘が上手くなっていく自分に嫌気が差しながら、私は2人を援護する位置に付く。


「…勝手にしろ」


 田中中尉の通信が割り込む。以前ならこの相も変わらず冷徹な物言いに『関心を持たれていないのだな』と寂しく感じただろうが、今なら『お前なら盾役くらい楽にこなせるだろ?』という期待の声に聞こえてくるから不思議だ。それなりの絆を築けた証なのだろうか?


 米軍がもうじき射程圏に入る。向こうは先鋒が10機、後続が10機。それぞれの部隊には30サンマル式が1機、残りは全て24フタヨン式だ(余談だが米国式の表記だとM-30、M-24となる)。


「グラコワ隊はここで待機、仕事は私と(田中)タカシでやるから手を出すんじゃないよ。ミユキも出来ればそっちにいて欲しいんだけど…」


 一糸乱れず隊列を組んで静止するグラコワ隊。テレーザさんの気遣いは大変ありがたいのだけれど、私は私でやらなければならない事があるのですよ。


「いえ、私も行きます!」


「ふぅ… だよねぇ。タカシもミユキも言い出したら聞かないもんね。私、この現場の最高階級なんだけどなぁ… 2人とも無茶な真似しないでよ?」


「…分かってるなら仕事しろテレーザ、米軍ブルーが来たぞ!」


 田中中尉の言葉通り、青灰色に塗られた米軍の輝甲兵が散開して銃撃してきた。


《あちらさん、やっぱり俺達の事を『クソ虫どもが!』とか言ってるな》

 米軍の通信を傍受したらしい71ナナヒトが呟く。こちらからは普通に輝甲兵が見えている為に、時々『偏向フィルター』の存在を忘れそうになる。


「でしょうね。なんとか私達が敵じゃないって分かってもらえたら良いんだけど…」


 私のこの返答に71ナナヒトは無言で返してきた。彼らしからぬ寡黙な反応にちょっと怪訝に感じたが、今は戦闘中だ、普通に私語は慎もう。


 米軍からの長距離射撃が始まる。私は2人の前に出て盾を使い、数発の弾丸を受け止める。

 まぁ、そんな事をしなくてもこの2人なら余裕で回避出来ただろうけどね。私に花を持たせる為にわざと避けずに居てくれたのだろう。

 2人を守る為に出てきたんだけど、逆に気を遣わせてしまった様な気がしないでも無い。


 私の影から田中中尉とテレーザさんが同時に幽炉を開放、加速して米軍の中に突っ込む。すれ違いざまにそれぞれ2機の相手輝甲兵の顔をペイント塗料で染め上げて行った。その後左右に分かれて大きく弧を描いて飛び、回り込んで相手の側面を突く形にまた戻って来る。


 2人それぞれが相手の両側面から挟む様に突撃し、またしても2機ずつ顔を潰す。そのまま交差してまた反対側に抜けていく。


 アクロバットチームの演舞を連想させる様な完璧な連携に、翻弄された米軍は早くも混乱状態に陥っていた。


 完全に出遅れた形の私だが、ここでの私の仕事は突入ではない。71ナナヒトに言われた通り、カメラを潰されて一時的に行動不能になっている米軍の輝甲兵を正面に捉えていた。

 頭のカメラを潰されても輝甲兵のサブカメラは別の場所にも付いている。それらが切り替わるまでのほんの数秒が私達の作戦時間となる。

 あと数秒でこの行為の意味が分かると良いのだけれど……。


《よし、多分成功! 続いて2機目行くぞ》


 …何その『多分』とか言う心許ない言い方は?


「ねぇ、何やってんの? いいかげん教えてくれても…」

 そう言いかけた所で異変に気づいた。


 71ナナヒトが何かをしたと思われる米軍の輝甲兵の挙動がおかしくなってきたのだ。

 銃を持ってはいるものの、撃つべき相手を見定められない、というか物凄く戸惑っている風に見受けられる。


《2機目おっけー、5.3秒。少し慣れてきた》


 71ナナヒトの言葉が聞こえたかの様に、別の輝甲兵の動きが変わる。


 そして更に4秒後、田中中尉とテレーザさんのコンビプレイは、米軍先鋒の10機を始末し終え、2人は後続の10機に向かって飛んでいた。


《今度は2機同時に出来たぜ。やっぱり俺って天才かもなぁ。よし、鈴代ちゃん、ここでオープン回線で『私達は虫じゃなくて人間だ』って堂々と名乗りを上げるんだ!》


「は? 何を言って…」


《いいから早く!》


「え? あ… 『米軍の皆さん、攻撃をやめて下さい。私達は虫じゃありません、人間です。ソ大連と東亜連邦の混成部隊なんです。繰り返します、私達は虫じゃありません』」


 …………。


 私の小さな叫びは虚しく宇宙に吸い込まれていった。勢いで言わされて恥ずかしい事この上無いんだけど、こんな言葉で戦いが収まるのなら苦労は……。


 田中中尉とテレーザさんに突破されて、米軍先鋒隊の多くが次に近い私を狙おうとしていたのは確かだ。確かに10の銃口はこちらを向いている。しかし、彼らには警戒心こそ強く残れど、殺気の様なものは感じなくなっていた。


「…こちら全米連合、国境警備艦隊、巡洋艦『アーカム』航宙隊隊長のランドルフ・ギルダー少佐だ。お嬢さん、一体どんな魔法マジックを使ったんだい?」


「…ですって。どんな手品マジックを使ったのよ?」


 米軍からの通信をそのまま71ナナヒトに流す。私にも何が起きているのか理解できていないのだから。


《フフフ、これぞ我が奥義。血に染められし闇の一族の…》


「向こうさん待ってるから早くして」


《…あ、ハイ。実は米軍の輝甲兵の『偏向フィルター』の回路をクラッキングしたんだよ。まどかに丸ごと輝甲兵ジャックが出来るんなら俺にも何か出来ねーかな? と思ってさ。以前自分にクラックして成功したから、もしかして他人にも効くんじゃないかなぁ、ってな…》


あきれた。それで何の相談も無しにそんな事してたの? せめて私には相談しなさいよ、失敗したらどうするつもりだったの?」


《そしたらそれで『くっ、失敗か?! ずらかれっ!!』ってやる予定でした》


 ……。

 呆れて声も出ない。しかし、そう言えばソ大連第5前哨基地に滞在中、71ナナヒトは自分の偏向フィルターを確かに自力で無力化していた。その時にもっとちゃんと仕組みを聞いておけば良かった、と今更ながらに思う。


「おい、そこの改造M-30、聞こえているか? 質問に答えてもらいたい」


 おっと、ほうけている場合では無かった。米軍に説明しなければ。


「…話すと長くなります。とりあえずお互いの母艦に状況を報告して、正式な会談の機会を取りたいと考えますが如何でしょう? たった2機が終始ペイント弾で対応していた事で、私達にあなた方を追い払う以上の害意は無かったと信じて欲しいのですが…」


 田中中尉とテレーザさんも戻ってきた。本当に2人だけで後続の部隊も全滅させてきたらしい。

 田中中尉は無傷だが、テレーザさんの機体は肩に少し被弾があった。2人で何やら勝負事をしていたようで、勝ったらしい田中中尉はご機嫌な様子だ。


 米軍の隊長さんは何やら母艦と会話をしている様子だ。私も『すざく』に状況を報告しなければならない。

 でも私には本来「停戦して会談しましょう」なんて言える権利は無かった。状況上仕方無いとは言え、これは明らかな越権行為だ、怒られるだろうなぁ……。


「大丈夫よミユキ、私が許可した事にするわ。それならナガオ艦長もソ大連もうるさく言わないはずよ」


 何も言わずとも心配して、フォローしてくれるテレーザさんの優しさがみる。それに比べて田中&71おとこたちの無反応っぷりは何なのだろう? 優しさとか配慮とかまるで無いのは… まぁ最初から期待もしてないけどさ。


「そちらの提案は魅力的だな。しかし領海侵犯している奴をこのまま放置してふねにも帰れんし、君らをみすみす逃がす訳にもいかない」


 ギルダー少佐からの通信が入る。まぁそうでしょうね。勿論その様に言われる事は想定済みだ。ここは私が残って……。


「…なら俺が人質として残れば文句ないだろ? なんなら連合トップエースが第2ラウンドに付き合ってやるぜ…?」


 と田中中尉が割り込んできた。嬉しそうに突撃銃アサルトライフルのペイント弾倉を交換している。


「駄目ですよ田中中尉! 貴方は『すざく』の主力なんですから。ここは私が残って…」


「…お前は要らん事して長谷川さんからゲンコツ食らう任務が残ってるだろうが。先任の言うことを聞け」


 田中中尉が私を止める。さらにそこにテレーザさんも入ってきた。


「それなら私も残るわ。大尉じょうかんに命令なんてしないわよねぇ? タカシ?」


「…あ? ふざけんな。俺はお前の部下じゃない。お前の命令を聞く義理は無ぇぞ」


 田中中尉がテレーザさんを睨みつける。視線の火花を散らす2人、こんな所で喧嘩しないで下さいよ…?


「だから皆で残りましょうよ。マリア、セルゲイ! ちょっと2人で戻って『すざく』をここに呼んで来て」


 そう言ってテレーザさんは部下のうち2人を『すざく』に戻し、自らは投降する様に両手を上げて無抵抗の意思を表す。


「それでいいかしらギルダー少佐? 私達はお互い敵じゃないわ」


 私もテレーザさんに倣って手を上げる。田中中尉は私達を見て、舌打ちしながらも付き合ってくれた。


「ご協力に感謝しますレディ。とりあえず武器に手をかけないで頂けるなら、上げた手は下ろして頂いて結構です」


 ギルダー少佐はうやうやしく給仕がする様なお辞儀をした。


《なんかキザっぽい人みたいだな》

 …うん、私もそう思った。


「さて、手隙の時間が出来てしまいました。待っている時間も退屈でしょうから、先程のマジックの種明かしと、更にもし宜しければ我が全米連合アメリカに何用で参られたのか、お教え願えますか…?」


 ギルダー少佐の口調は柔らかいが、周りの24フタヨン式達は変わらずこちらに銃口を向けている。うーむ、これは拒否できる雰囲気じゃないですな。


「…はい、それはですね…」


 極めてざっくりとだが、私はギルダー少佐に『鎌付き』出現から現在に至るまでの経緯を話した。勿論先程救助した哨戒艦のクルーの早期返却も約束する。…テレーザさんの権限の及ぶ範囲で、だが。


 虫の真実は少なからずの衝撃を米軍に与えた。偏向フィルターの無力化は71ナナヒトの存在を明かせない以上、私がやった事にするしかない。


 つい最近まで米軍と似たような状況だったテレーザさん達も、私の話を援護するように盛り立ててくれた。


 話を聞き終えたギルダー少佐は、やがてひとつひとつの事柄を噛み締めるように言葉を選びながらこう言ってくれた。


「なるほど、簡単に全てを信じる訳にも行きませんが、貴方がたが嘘をついている様にも見えない。大雑把ではありますが了解しました。ソ大連から軍艦が来るという話は聞いていませんが、歓迎しますよ『地球ほしの友人達』。まずはようこそ自由と暴力の蔓延はびこる国、アメリカへ!」

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