第43話 メイデイ
〜鈴代視点
計算によってはじき出された『はまゆり』の航跡が南極点を越えた。
実はこれは最悪に近い状況だ。南極点を境にそこから先は『全米連合(米連)』つまり外国の領域となる。
そして『すざく』は軍艦だ。軍艦が他国の領域に無断で侵入したら、それは紛れもなく『侵略』と見なされる。
ましてや私達は東亜連邦とソ大連の混成部隊で、今でこそソ大連の義勇軍的な扱いを受けているが、艦や輝甲兵の正式な所属は未だ東亜連邦であるはずだ。
その中にあって米軍から誰何された時に答えを持たない状態なのは大変に危険である、と考えられる。普通に考えれば私達はテロリスト集団と見られても何の不思議もない。
本来であれば『すざく』のスピードなら南極点の寸前で『はまゆり』を捉えられるはずだった。
通常動力で移動している『はまゆり』よりも、幽炉推進機関を備えた『すざく』の方が速いのだが、どういった手品を使ったのか(恐らく輝甲兵に後押しさせたのだろう)、『はまゆり』は『すざく』の追跡を振り切って米連に逃げ込んだのだ。
『鎌付き』一派が何を目的として米連に入ったのかが分かれば対処の1つも出来るのだが。まったく、地球を出発してから… いや
どこかに、私に今起こっている状況を1から10まで懇切丁寧に教えてくれる人物は居ないものだろうか?
現在、永尾艦長がソ大連の上層部に掛け合って、米連への進入許可を貰おうとしている。
そして無駄に待たされる事10時間、ソ大連から返ってきた答えは「許可は取った。そのまま前進せよ」というシンプルなものだった。
返答が簡素すぎるし、その後の目標も任務の内容も書かれていない。しかしながらその発信元は間違いなくソ大連の上層部だった。
「これは… 罠の可能性も考えた方が良いかも知れませんね…」
長谷川大尉が永尾艦長に向けて呟く。艦長も同じ気持ちなのか、大尉の言葉に無言でゆっくりと頷く。
テレーザさん達だって『すざく』に居るのに、この期に及んでソ大連が私達を裏切る可能性なんて考えたくも無いが、まぁ、何が起きても対応できるようにしておくのは必要な事であろうと思う。
『すざく』も南極点を越えて米連の領域に入る。私達は不測の事態に備えて格納庫で待機だ。
私が格納庫に入ると、すっかり艦内のアイドルと化した『ワガハイ』が立花少尉と桑原准尉とに遊ばれていた。気持ち良さそうに目を細めて頭を撫でられている。
猫は良いよね、癒やされるよね。この
「ワガハイちゃんはいつも可愛いですね〜」
私もひと撫でさせてもらおうと輪に入る。と、途端にワガハイが私の横をすり抜けて別のグループへ行ってしまった。
至福のお楽しみ時間を邪魔されて、立花少尉と桑原准尉が私を恨めしそうな視線で見上げる。
え? これ私が悪いの? 猫を驚かせる様な言動はしてないはずなんだけどな……。
実を言うと、ワガハイからこういった塩対応を受けるのは初めてでは無い。あの子は何故か最近、私を露骨に避けているような印象を受ける。
とは言え、猫の考える事だから意識的に避けられている、なんて事は考えられない。元々人懐っこく作られているペットドローンなのだから尚更だ。
避けられている、などという事はまずありえないのだけれども、以前
その時は『また
いやいや、まさかねぇ。相手は猫だし。幽炉だし。そこに人間の私が入って三角関係とか、まったくもって笑い話にもならない。それにそもそも私と
…とりあえず何だろう? 「猫好きなのに猫に嫌われているっぽくて、とても傷付いている」という事にして、この話は締めたいと思う。
タイミングを見計らったかの様に艦内に警報が鳴る。『はまゆり』に追いついたのか? はたまた米軍に絡まれたのか? どちらにせよ私達操者のやる事は限られている。
警報と同時に私達3人はお互いに目で合図し合う。こういう時にどうするかは言うまでもない。素早く各自の輝甲兵へと向かい、艦内放送を背に聞きながら機体に乗り込む。
艦内に響く声は永尾艦長では無く副長の
これまでまるで言及されていなかったが、艦の命令系統を仕切っているのは飯島副長だ。通常、一般の命令は艦長から副長へ、そして副長から艦内全体に伝えられる事になる。
永尾艦長は絵に描いたような艦長然とした風体だが、飯島副長は秀才タイプの立ち姿が絵になる、美丈夫といったタイプの人だ。
真面目一辺倒の印象を受けるが、士官学校時代は長谷川大尉の先輩だったらしく、『すざく』艦内でも長谷川大尉とはよく休憩室で談笑している。
私は命令の授受以外に個人的に飯島副長と話をした事は無いが、うちの隊の立花少尉が「飯島副長があと10、いや5歳若ければアタックしてました」と漏らすあたり、意外と女性人気は高い人なのかも知れない。
テレーザ隊の女性操者の中には飯島副長を熱い視線で見る人もいる。私にはそういう感覚はちょっと分からないけど……。
何はともあれ命令だ。傾聴!
「本艦はつい先程、米軍哨戒艇からの
古くから海の男達は、救難信号を受け取ったら漁の最中でも手を止めて、最優先で救助に向かったと言う。
この
機内の画面に表示された場所は『すざく』の進路上。すなわち『はまゆり』の通った後だ。恐らくは『はまゆり』と交戦して、手酷い扱いを受けたのだろう。
「鈴代、先行してくれ。後詰めに田中とグラコワ隊を用意させておく」
長谷川大尉の命令に「了解」と答え、隊内に発進を促す。救助活動任務ではあるが、前回の様にゾンビ輝甲兵の待ち伏せが無いとも限らない。最小限の武装は持って行く事にする。
『すざく』を発進した鈴代小隊は、今にも消えそうな救難信号を発している米軍の哨戒艇『テキーラ』へと向かった。
《…こりゃまた、派手にやられたな…》
今まで見て来たような、
テキーラには輝甲兵の運用能力も無い事が、逆に幸運に働いたのかも知れない。『鎌付き』は常に相手方の輝甲兵を乗っ取って戦力にしてきた。テキーラ1隻の為に、手持ちの輝甲兵を消失させる愚を犯したくはなかったのだろう。
「
《もうやってる。艦橋の下の居住区画に生体反応が2つあるぞ。残念ながらそれ以上の生存者はいなさそうだ》
「了解、ありがとう。
私の指示に桑原准尉が動く。ポッドの入り口と艦の外部ハッチが連結され、ポッドへの避難を促す音声が自動的に流れる。
「
《生体反応がポッドに向けて移動しているみたい。聞こえているし動ける様だな》
「良かった。
部下達の「了解!」の声が重なる。そして
「こ、こちら
との連絡が入る。時を同じくして立花少尉から戦闘データの抽出に成功した旨の通信が入る。
よし、それでは『すざく』に帰りましょうか……。
《おい、ヤバイぞ。何か来た。方角からして多分米軍の艦隊だ。既に輝甲兵を展開してこちらに向かって来ている!》
何ですって?! 今、米軍に私達を見られるのはマズい。彼らにしてみれば私達は『虫』に見えるのだ。問答無用で攻撃されるだろうし、こちらは最低限の武装しかしていない。
何より私達の敵は『鎌付き』であって米軍では無いのだ。彼らと事を構える訳にはいかない。
「
米軍が来ているのなら、救助した人員は速やかに米軍に返還するべきだが、かと言って今この場所に放置して帰艦する訳にもいかないし、生存者の持っている生の情報も欲しい。なにより命令に背いて私の独断で、ここに置いてもいけない。
まずは『すざく』に帰投してから次の手を打つべきだろう。気は進まないが最悪、救助した人達を交渉材料にしてやり過ごす、という手段も可能性としてはあり得る。
『すざく』に近づくと、私達と入れ替わる様に田中中尉の
テレーザさんの通信が入る。
「ミユキ、聞こえる? 貴女達は既に米軍に
「御二人とも、まさか米軍と戦うんですか? 私達の…」
「…心配すんなピンキー、ペイント弾で目を潰すだけだ」
私の懸念を田中中尉が押し退ける。確かにそれなら短時間の足止めは可能だろうが、近衛隊との戦いの時の様に、相手に油断が見られない状態でのスタートは難易度が跳ね上がる。向こうは実弾をバリバリ撃ちまくって来るだろうから、こちらにも
もう人間同士で死人が出る様な戦いをしては駄目だ。それは地球連合の理念に反する。たとえ連合自体が死に体であっても、その理念は否定するべきでは無い。
私も残って一緒に… あぁダメだ、私の銃にはペイント弾は装填されていない。例え手足でも実弾で相手を撃ったら、後で言い訳の効かない状況になるだろう。
うう、大人しく帰るしか無いのかな…?
《なぁ、ちょっと試してみたい事があるんだが、俺達だけ残るとか無理かな?》
「何する気なの?」
《んー、もしかしたら俺の新スキルで戦いを平和的に止められるかも知れない》
『新スキル』とかいう言い草が物凄く胡散臭いが、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます