第37話 虫食いチーズと少しのホラー

 G-29宙域の第2中継基地。東亜連邦とソ大連の境にある小規模な通信及び補給の基地だ。


 ここで宇宙での管理宙域の区分けについて少し話そう。

 まず地球の北極点の真上に小型のコロニーがある。これが統一政府である『地球連合』の本部コロニーだ。そこには東亜連邦、全米連合、欧州帝国、ソ大連の四大国の代表と各種事務官、そしてその家族が生活する。市井しせいの一般市民は連合本部コロニーには存在しない。


 そして東経50度から全米連合、140度から東亜連邦、230度からソ大連、320度から欧州帝国として、北極点と南極点を結んで四等分された地域の、成層圏よりも更に高い高度にある部分が、新たに各国に割り振られた『国土』となった。


 その中で更に地球からの引力の安定した、いわゆる『ラグランジュ点』に人々の住むコロニーが造られた訳だ。


 総人口の7割が亡くなって、地球全土は放射能にまみれた。

 それでも人類は諦めずに宇宙に活路を求めた。


 人々の生活は困窮を極めたらしい。宇宙に出て数百年を経た現在でも、鈴代ちゃんによれば人々の生活は苦しいままだ。

 老朽化したコロニーの補修もままならない状況なのに、一方で『虫』という架空の敵と戦う為の兵器を増産し続けているのが、この世界のいびつな現状だ。



 さて、G-29宙域の第2中継基地というのはインド、セイロン島辺りの上空に位置する、資源衛星の搾りカスを基地に転用した物らしい。

 小さいながらも輝甲兵1個中隊20機が配備されていて、防衛戦力としては決して小さくはない。



 この基地が4日ほど前から音信不通になっている、との事で俺達はその調査任務に就いているって訳だ。


 今、鈴代小隊は先行して件の基地に向かっている。

『ソ大連の基地だからソ大連部隊に先行させるべき』との意見がグラコロ隊から出たが、グラコロ隊長が自らそれを拒否。


「私達が先行して『何か都合の悪い物の証拠隠滅を図っている』と思われるのもイヤだから、ミユキに任せるわ」


 と言う事らしい。

 でも逆に考えると鈴代小隊が留守にする事でソ大連部隊が『すざく』を占拠しようとしたら? とも考えられる。

 そう判断したのかどうだか分からないが、天使も『すざく』に留守番となった。まぁ天使1人いれば最悪でも鈴代小隊が戻るまでの時間稼ぎは出来るだろう。


 ちなみに天使の野郎だが、『あれ』以来グラコロ大尉と2人で、格納庫を腕を組んで歩いている姿を何度か見かけた。

 2人でよろしくやりやがったのは間違いない。それでいて天使の『懐かれても迷惑なんだがな』とでも言いたげな、どこかのなろう主みたいなあの表情は無茶苦茶腹が立つ。


 そのくせ、満更でも無いような半分ニヤけた顔と、ヤレヤレだと言うポーズでの呆れ顔の合わさった、なんとも『ぶん殴りたい』雰囲気を周囲に振りまいている。

 もうアレだね。俺のラスボスが決定した感じだね。爆発させてやりたい、物理的に。



「…なのよ。…って、聞いてる?」


 物思いに耽っていたら1人の世界に入り込んでいたようだ。会話をスルーされてご機嫌斜めの鈴代ちゃんに怒られた。


《…え? あぁ、スマン。何だって?》


「…この基地との通信記録から、『鎌付き』と丙型らしき輝甲兵が現れて襲撃してきたらしいのよ」

 鈴代ちゃんがブリーフィングで聞いてきた話を俺に話してくれた。


《て事は、やっぱりまどかは『鎌付き』の仲間になっちまったのかなぁ?》


「『鎌付き』に操られているとか、無理強いされている可能性もまだ考えられるけど、もし本心から『鎌付き』に協力していたとしたら…」


 鈴代ちゃんの静かな怒りが、俺に接続された神経線維を通じて伝わってくる。

 前回の戦いでは俺の我儘でまどかを見逃してもらった。もしそれによって被害を拡大させてしまったのなら、それは俺の責任だ。


《分かってるよ。俺も二度は我儘言わないよ》


「別に貴方を責めるつもりは無いわ。今にして思えば止めてくれて良かったし」


《…そう言ってくれると俺も気持ちが軽くなるよ》


 あの時のまどかは明らかに錯乱していた。結果として香奈さんは亡くなってしまったが、憎むべきはまどかでは無く『鎌付き』、今でも俺はそう信じている。


 だが、あまりのんびりとしてもいられない。もし今から行く基地に『鎌付き』やまどかの痕跡があれば… あいつが更に罪を重ねているのならば、誰でも無い、俺達がこの手で始末を付けなければならないだろう。


 ピピッと着信音が鳴り、俺達よりも更に先行させた偵察ドローンからの映像通信が入ってきた。


「これは… 元からこういうデザインだったのかしら…?」


《いや、絶対に違うと思うぞ…》


 画面に映った基地の姿は特異な姿をしていた。『岩をくりぬいて造った基地』だとは聞いていたが、漫画に出てくる虫食いチーズの様な穴だらけの物体とは思わなかった。


 何か球状の物体にキレイに抉られたような丸い穴、基地の周囲全体で11の穴があり、それぞれの直径は凡そ数十から100メートルほど……。


 嫌な予感しかしない…。


「とりあえず現地を調査しましょう。βベータγガンマεイプシィζゼータは基地周囲を警戒、αアルファデルタで内部を調べます」


「了解!」という5人の声が返ってくる。


「ちぇーっ、俺も中を見たかったなぁ…」


 εイプシィくんだっけか、若い男がボヤく声が入る。


「命令なんだから無駄口を叩くな小僧、どうせ中は俺らじゃ役に立たん」


 野太い声の兄貴キャラγガンマさんだ。模擬戦の時の2番目の人だな。顔は知らないけど個人的に憎めない人だと思う。


「そうですよ清田くん、立花さんは電子工学の専門家なんですから」


 珍しくζゼータちゃんも口を挟む。名前言っちゃっていいのかね?


ζゼータ、作戦中はコードネームを使用したまえ」


 真面目で硬そうな男の声で早速ツッコミが入った。確かこいつがβベータだな。


「は、はいっ、すみませんっ!」


 怒られたζゼータちゃんが小さくなる。おいおい、俺のζゼータちゃんをあまりイジメるなよな。


 隊員たちのそんなやり取りを聞きながら鈴代ちゃんも微かに笑みを浮かべていた。鈴代小隊も結成して間も無いけど、なかなか上手い具合に回っているようだ。


 基地はそこらじゅう穴だらけで、発着場も侵入路もへったくれも無い。

 基地の司令所と思しき場所から最短距離の穴に向かう。


《なぁ、デルタの人がコンピュータに強いのは聞いてて分かったけど、俺達も行くのか? 鈴代ちゃんって機械に強かったっけ?》


「…うるさいなぁ、どうせ私は機械音痴ですよーだ。今回仕事するのは私じゃなくて貴方よ」


《どゆこと?》


「私の端末を持っていくから、現場で情報収集とかハッキングとかして頂戴。立花少尉もそういうの強いけど、2人いた方が効率的でしょ?」


《ほぉほぉ、俺だけ働かせて功績を横取りするつもりだな? 汚い、さすが鈴代ちゃん汚い》


「…行くの? 行かないの?」


《…はい、行きます》


 怖いし。

 なんか最近扱いが冷たいよね。

 あ、扱いが悪いのは元からか……。



 基地に着地、接続を解除して降りる。輝甲兵は膝立ちの駐機姿勢で待機だ。


 鈴代ちゃんは端末のカメラを起動して基地内の様子の動画を撮っている。撮影記録収得も目的だが、真の目的は端末搭載のカメラに俺を同期させて、俺にも中の様子をリアルタイムで見せる事にある。


 基地の中の照明は点いていない。むしろ動力の流れそのものが遮断されているのだろう。

 鈴代ちゃん達の宇宙服のヘルメットの両側、耳の上辺りに付けられた電灯の照らすエリアが俺達の視界の全てだ。


「生存者が居れば良いんですけどねぇ…」


 心細げに呟くデルタ立花ちゃん。清楚でおしとやかな雰囲気がニューヒロインの到来を思わせる。ていうか何でこんな人が輝甲兵に乗って戦争やってるのさ?


「ええ、そうですね。最悪『何があったのか』くらいは解明しましょう」


 鈴代ちゃんが先行して廊下を進む。やがて扉に突き当たった。


「グラコワ大尉から貰った地図によると、この先が司令室ですね」


 デルタ立花ちゃんのナビによるとそういう事らしい。だが扉は電気錠で施錠されている。鍵やカードの類は持ってないぞ…?


「任せてください」


 デルタ立花ちゃんが扉に貼り付いて何やら端末を動かしている。1分するかしないかの時間で鍵は解錠された。


 …お、おう。なんかお嬢様っぽい感じの娘さんが、いきなりピッキングまがいの事をやりだして少し戸惑ってしまったよ。


「今から開けますけど、中に空気が残っていたら一気に外に吸い出されて、固定されていない中の物が飛んできますから気をつけてくださいね」


 無言で頷き扉の横に体を構える鈴代ちゃん。気分はすっかりスパイ映画。


 無音で扉が開く。まぁ真空中だから音が無いのは当たり前。

 中から物が飛んでくる気配は無し。つまり元から真空、生存者は居なかったって事だな。


 あれ? もし中に人が居て空気を吸い出してたらどうなってたわけ? あまり考えたく無いんだけど?


「生体反応が無いのは初めから確認済みよ。生き残りが居るとしたら、どこかにある救命ポッドで仮死状態になっているでしょうね」


 俺の心が通じたのか、鈴代ちゃんが俺と繋がっている端末に向けてポツリと話す。まぁそうですよねぇ。


「…? 鈴代中尉、何かおっしゃいました?」


「い、いいえ。独り言よ、何でもありません」


 デルタ立花ちゃんの問いに慌てて答える鈴代ちゃん。そうか、俺と会話している所はあまり見られたくないよな。


「…ダメですねぇ。情報ストレージも全て焼き切られています。と言うかメモリー部分が物理的に消失してますね」


 デルタ立花ちゃんが申し訳なさそうに言う。

 司令室の中の機械類は既にほとんどが死んでいて、情報を漁るどころでは無かったようだ。


 ただ、基地内の監視用モニターの数台は生きていた。


71ナナヒト、お願い」


 俺は司令室のコンソールからモニター管理のセクションに入り込み、各モニターの場所を特定させる。

 それらの記録を調べれば何か分かるかも知れないが、単独或いは少数の工作員が暴れた後ならともかく、もし輝甲兵による攻撃ならば、内側に向いているカメラに状況を理解する手掛かりは期待できないだろう。


「鈴代中尉、何か動きました! 人では無さそうですが…」


 そう言ってデルタ立花ちゃんが画面を指差す。俺がその画面をフォーカスさせると、なにやら黒い影がカメラの前を横切った様に見えた。

 物体が漂っている、とかの動きでは無かったね……。


「場所はDブロックの304号室ですね。でも… そこは既に空気が有りません…」

 デルタ立花ちゃんがポツリと呟く。


 なにそれ怖い。

 どっかの映画じゃあるまいし、こんな寂れた宇宙基地で謎のモンスターとかやめてよね。


「あ… 調べるしか無さそうですね…」


 鈴代ちゃんも少し顔が青い。怖いの嫌いな娘なのかな? 俺もどちらかと言えば大嫌いだよ。


「は、はい…」


 デルタ立花ちゃんも顔を青くしている。女子2人で探索に入ったのが裏目に出た感じだな。


 目標の部屋は近い。大腿部に装着されているホルスターから護身用の拳銃を抜き取り構える2人。

 謎の怪物にそんな物が通用するのかどうかは謎だが、気持ちを落ち着かせるお守り代わりにはなるだろう。


 部屋に着く。扉は3センチほどの隙間を空けて中途半端に閉まっている。


「いい? 立花少尉、一気に突入するからね?」


「は、はい。 …どうかオバケとかじゃ有りませんように!」


 2人とも声が震えている。宇宙に住むようになって何世紀も経っても、やっぱり人間は暗闇が怖いしオバケが嫌いなんだね。少し安心したよ。


「い、行くわよ… いち。にの。さん!」


 掛け声と同時に部屋に飛び込む2人。銃を構えて黒い影の持ち主を探すが、不審者と思しき相手は居なかった。


 警戒テンションが少し下がった所でデルタ立花ちゃんが何かを見つけた。


「鈴代中尉、あそこ、何か居ます!」


 顔をそちらに向けると明かりもそちらを向く。


 相手もこちらに気づいた。こちらのライトの光を反射するかの様に、警戒感を強めた一対の白い光がこちらを捉えて見つめ返す。


 デルタ立花ちゃんの指差す先に見つけた黒い影の正体。



 それはそれは真っ黒い… ネコちゃんだった。

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