第7話 新たな戦乙女(ヴァルキリー)

~鈴代視点


 偵察任務と言う名前の交流会から戻ると長谷川大尉が待っていた。


「1人で虫と戦ってきたそうじゃないか、相変わらず無茶する奴だ」


 呆れつつも楽しそうに言う大尉。


「1人じゃありません。71ナナヒトも一緒に戦ってくれました」


 大尉は目を丸くして「…ほぉ、またじっくり話を聞く必要がありそうだな」とニヤリと笑った。


「緊急の報告が無ければ話は明日にしよう。何度も接続してお前も疲れただろう。今日はもう仕事しなくて良いから飯食って寝ろ」


「いや、『寝ろ』ってまだ夕方前ですよ? それに今日の報告書だってまだ…」


「寝られる時に寝ておくのもパイロットの仕事だって軍学校で習わなかったのか? お前の報告書は俺が面白可笑しく脚色して出しといてやるから心配すんな」


 この人はどこまで本気なんだろう…?


「あの、大尉…? その『面白可笑しく』って部分が凄く気になるんですけど…?」


「だからそっちは気にすんなって。…ああそうだ、さっき縞原重工から、俺らの中隊の30サンマル式専属だとかで技術士が来てたぞ。俺の08マルハチには目もくれず、お前の71ナナヒトにご執心な様に見えたけどな」


 なんですって?


「…もしかして縞原重工の人に71ナナヒトの事を何か話したんですか?」


「俺が話すわけ無いだろ? そもそも俺は話せるような材料を持ってねえもん。でもお前は尻尾を掴まれない様に気を付けろよ?」


 縞原重工から技術士が来るのは別に珍しい事じゃない。彼らが居なければ幽炉関係のメンテナンスが出来ないのだから。

 既に各中隊には2~3人の縞原の技術士が配属されている。


 通常の整備士は国防色(カーキ色)の作業着を着ているが、縞原重工の技術士は青い作業着なので一目で見分けられる。格納庫で働く人間の10人に1人は青い作業着の人だ。


 会社そのものにミステリアスなイメージがあるが、技術士さんの中には気さくな人もいる。


 私達の中隊付きの丑尾うしおさんは落ち着いた感じの渋いオジサンで、機械いじりよりも執事の格好をして紅茶でも淹れている姿が似合いそうな上品な人だ。世間話くらいならば普通に応じてくれて、たまに冗談なんかも交えてくる。


 ちなみに中隊付きのもう1人の技術士である田宮さんは、丑尾さんとは対照的に寡黙で私達とは一切の関わりを持とうとしない人で、縞原重工のイメージにピッタリと合致するタイプの人だったりする。


 しかしそれにしても30サンマル式専属とはまた不可解なやり方をする。

 確かに30サンマル式は最新型ではあるが、特機である零式の様に特殊な技術が使われている訳では無い。普通に24フタヨン式を強化した量産型の後継機でしかない。

 改めて専属などと言う形で配置される様なものではない筈だ。


 もしかして『71ナナヒト以外にも喋る輝甲兵が出てきて、それらを調べて回っている』とか? いずれにしても71ナナヒト絡みの事で縞原が何かを知っているのなら、私にもその事情を聞く権利と義務がある。


「とりあえず縞原の人が来たのなら挨拶してきますよ。今回の報告と71ナナヒトから数点の要望があるので、まとめて明朝に提出させて頂きます。では失礼します!」


 私は敬礼し大尉も返礼する。この場はこれで良いだろう。


 ☆


 縞原の新任技術士が居ると思われる格納庫の71ナナヒトの所に戻る。青い作業着を着た人間は居ない。代わりに操者服を着たポニーテール頭の長身の女性が、楽しそうに地上8メートル程の高さの輝甲兵乗降ラックから71ナナヒトの顔を見上げていた。


 彼女は同じ中隊の仲村渠なかんだかり香奈かな少尉。頭にレドームをつけた電子戦専用機である24フタヨン式丙型の操者だ。


 開放的な性格で周りを明るくするムードメーカー、何故か私と波長が合うのかちょくちょく行動を共にして友達みたいな関係になっている。

 確か私より1つか2つ歳上で、私よりも先任の士官でもあるので、私からは『香奈さん』と呼び敬語で接している。『友達』と言うよりも『仲の良い先輩、後輩』の間柄に近いかも知れない。


 純粋な輝甲兵の扱いにかけては私は彼女以上の人を知らない。その身のこなしはまるで空に泳ぐ魚の様に鮮やかで艶やか、私と彼女の模擬戦は過去私の7戦全敗だ。トップエースの田中中尉ですら彼女の影を捉える事は容易では無いだろう。

 ただちょっと、輝甲兵の扱いに関して奇行が目立つ事がある。その件については後述しようと思う……。


 しかし、天才操者の彼女にも不得手はある。それは射撃や格闘と言った戦闘全般だ。機体の照準補正サポートが有るにも関わらず、止まった的にも弾を当てられない。近接武器を使わせたら自分自身を傷つける。


 模擬戦のルールは『先に目標を照準内に捉えて引鉄を引いた方が勝ち』と言うものなので、当たったかどうかは考慮されない。この点が改善されれば私の勝率はもっと高かった筈だ。


 決して負け惜しみで言っている訳ではない。


 そんな『機体の扱いは天才なのに武器の扱いは子供以下』、と言う不均衡な所が彼女の愛らしさにも繋がっていた。


 操者の才を早くに見出された為に軍に入ったが、本人は元々軍人ではなくダンサーになりたかったらしい。


「将来平和になって輝甲兵による空中ダンスチームとか作れたら最高だよね。その時は鈴代も一緒にやろうよ!」


 と冗談交じりに誘われた事もある。もし本当に平和になったら考えても良いかも知れない。彼女の踊りについていくのは大変だろうけど…。


 彼女が丙型に乗っているのも理由がある。まず頭でっかちでバランスの悪い丙型をまともに扱える操者が少ない事、そして高価な機体であると共に機密情報の塊でもある為に、墜落が許されない『絶対帰還』が義務付けられる事。


 積極的に戦闘には関わらず、攻撃されても自衛に努め、最悪味方を見捨ててでも生き残って必ず帰還する。それが彼女に課された任務。

 銃を撃たずに済み、鉈を振るわずに済む。言葉は悪いが『戦わずに逃げ回るだけ』の仕事をやらせたら彼女は世界一の操者だろう。


 私は階段を昇り、乗降ラックの香奈さんに近づく。


「よっ、お帰り鈴代。1人で偵察行くなんて冷たいじゃん。あたしも誘ってくれれば良かったのにぃ」


 私に気づいた彼女はポニーテールを揺らして拗ねた振りをする。


「…詳しくは話せないけど特務絡みだったんですよ。香奈さんは私に何か御用でも?」


 正式な命令では無いけど特務と言えば特務だろう、嘘では無い。


「鈴代には晩御飯を誘いに来たんだよ。3071こいつの事も聞きたいし」


 香奈さんは71ナナヒトを親指で指しながらニッコリ笑う。


「私はもう非番になったんで御飯は香奈さんのタイミングで良いですよ。で、うちの3071サンマルナナヒトが何か?」


「何かって言うか、3071この子が凄く機嫌良さそうだからさ」


 …これが先程述べた彼女の奇行だ。曰く「あたしは輝甲兵の気持ちが分かるんだよ」だそうだ。


 正直、昨日までの私なら『また香奈さんのいつものアレが始まったよ』と笑っていた所だが、『幽炉の中には生きている人の魂が封じ込められている』と言う事実を知ってしまった今では、笑うどころかどういう反応をすれば良いのかすら困ってしまう。


「初出撃した機体の幽炉って、どの子もいつもとても悲しそうで苦しそうなんだよね。でも3071この子は初陣を終えたばかりなのに、苦しむどころか喜んでいるっぽいからさ」


 …どうしよう? どう答えれば良いんだろう?


「…あ、あはは… あ! そ、そう言えば縞原重工の人が来てませんでしたか?」 


 71ナナヒトの事は大尉から箝口令を敷かれているので、笑って誤魔化す事にした。身内の香奈さんにも喋れない事だ。ここは話題を逸らした方が良さそうだ。


「うん? あたしも今しがた来た所だからねぇ、この2、3分に限って言うなら見てないよ?」


 香奈さんは嘘をつける人じゃないし、今この状況で嘘をつく必要もない。であるならば縞原の人は何処に…?


 そう考えた矢先に目の前にある71ナナヒトの腹部の搭乗ハッチがプシューと蒸気の抜ける音を立てながら開く。


 71ナナヒトのコクピットの中に、私達と同年代くらいの女性が見て取れた。ボブカットの髪型に分厚いメガネ、そして何より印象的なのは『青い作業着を着ていた』と言う事だ。

 彼女と目の前に立つ私達の目が合う。そしてゆっくりとコクピットから出てきて私達の前に立ち、ニッコリと笑う。


「えーと、どっちが鈴代少尉?」


 香奈さんが私を見て、私も「自分です」と軽く挙手をする。

 ボブメガネの彼女は私の手を取り、


「ボクは高橋たかはし逸美いつみ技術大尉。縞原重工の技術士だよ。キミの30サンマル式のお世話をする事になったんで、これから宜しくね!」


 と明るく自己紹介してくれた。


 私の心の中の危機感知装置が高橋さんこの人と付き合う事に対し、最大限の警鐘を鳴らしているのが感じて取れた。

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