ナチュラル

@araki

第1話

「食後の珈琲って必要だと思う?」

 不意の声。顔を上げると、食卓を挟んだ向かいで早苗が首を傾げていた。

「なに、急に」

「純粋な疑問。朝食の後ってみんな珈琲を飲みたがるけど、どうしてなのかなって」

「別に大した理由はないんじゃない? 私もなんとなくで飲んでるし……」

 私はおもむろに視線を下ろす。手に握られたカップの中で珈琲が湯気を立てている。早苗が淹れてくれたものだ。

「……明日からは自分で淹れるね」

 途端に申し訳なくなって提案する私。けれど、早苗は首を振った。

「いいの。いつもの流れでやってるし。むしろルーティンを崩される方が困る」

「じゃあ、せめて手伝いを――」

「包丁を最後に握ったのはいつ?」

「……半年くらい前かな」

「なら大人しくもてなされてて」

 柔らかな笑みで早苗はきっぱりと断る。確かに、店一つを抱えている人間の厨房は素人の入っていい場所ではないかもしれない。

「まあ、そういうことかもね」

「え?」

「さっきの疑問。別に珈琲が飲みたいわけじゃなく、単純に飲まないと落ち着かないから飲んでるんだろうなって」

「中毒になってるってこと?」

「そこまで強くはないと思う。どちらかと言うと慣れかな」

「慣れねぇ……」

 言葉を反芻しながら改めて今を見る。

 柱時計の重たい音、入れ立ての珈琲の薫り、そして、目の前に早苗がいる光景。

 彼女と同じ部屋で暮らすようになって半年、それは全部私の当たり前になった。でも、

「前言撤回」

「どうしたの?」

「理由。ちゃんとあったよ」

 すっかり忘れていた自分を恥じる。ただ、それくらい自然だったのだ。

「好きだからそうしてるんだと思う」

「……そっか」

 お代わりいる? と、早苗が何気なく尋ねてくる。私は頷き、カップを差し出した。

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