13
妹:ドライブに行こう
お兄ちゃんの作ったうどんは、箸で挟むと切れてしまうくらいまで煮込まれていた。
食べづらいこと、この上ない。
でも、同じものを本人が目の前でそこそこ上手く食べているものだから、あたしの箸使いが悪いのかと頑張って食べる。
だしの素多めの、あっさりとしたおつゆを吸ったうどんの味は、美味しかった。お椀に盛られた分を食べきってしまって、おかわりしたくらいだ。
それでも元気な時の半分以下の量だと思うんだけど、お兄ちゃんには急に食べて大丈夫かと心配された。
両手を合わせてごちそうさまと感謝を表すと、照れくさいのか、目を伏せながら「ん」と喉で返事をする。
元気な時だったら間違いなく「また何か作って!」って言うとこなんだけど、あたしが熱出してるから渋々やってくれたことで、畳みかけたら「嫌だ」って返ってきそうで我慢する。
それに、普段も当番制に出来れば確かに楽なんだけど、自分の世話を自分で焼けるようになったら、お兄ちゃんはここを出ていくんじゃないかっていう予感がした。
お兄ちゃんがあたしといる最大のメリットは、食事に手がかからないことだったんだろうから。
幸せ気分だったのに、布団に入っているとどんどん気分が落ちていく。
予想通り熱が上がってきたからかもしれない。
お兄ちゃんの変化を喜んでいる自分と、そうじゃない自分が交互に顔を出してるみたいな……
落ち着かない気分のまま眠りに落ちると、何かに追いかけられているような悪夢を見るから、あたしは夜中にもう一度解熱剤を飲むことにした。
明けて、朝。
スッキリ、とまではいかないけど、熱は七度六分。動けるくらいまでは回復した。
人の動く気配を感じて起きていくと、お兄ちゃんが炊飯器からご飯をよそっていた。
「ご飯、炊いたんだ」
「あれば、そのままでも、またおかゆでも作れるかと思って」
「……うん。仕事、だっけ」
「ああ。日勤だから、帰ってくる。熱は?」
「もう少し」
頷いたお兄ちゃんは、今日は手を伸ばしてこなかった。
「なるべく寝てろよ。洗濯も夜やるから。晩飯も俺の分は考えなくていいから。食いたいものがあるなら連絡寄越せ」
慌ただしくそう言って出ていこうとするお兄ちゃんの手を、あたしは無意識のうちに掴んでいた。引き止めようと思ったわけじゃなくて、昨夜の不安が残っていたからだと思う。このまま、帰ってこないんじゃないかと。
怪訝そうに振り返るお兄ちゃんの顔を見て、帰ってくるってちゃんと言ってたことに気が付く。どう誤魔化そうかと考えて、その手を頭に乗せてみた。
ふっと息を吐いたお兄ちゃんは呆れたように「子供かっ」って言いながら、躊躇いがちにその手を小さく動かしてくれた。
えへへ、と誤魔化し笑いをすると、最後にぺちんと叩かれて今度こそ出ていく。
「いってらっしゃい」
「…………ます」
もう振り返らなかったお兄ちゃんの声は、小さくて聞き取れなかった。
* * *
結局、連休後半は寝込んで終わってしまった。
熱が下がってもお兄ちゃんには外に出るなって言われて、買物さえも満足に行けなかった。元気になってしまえば、お兄ちゃんとの距離感も元に戻ったし。
あたしも仕事が始まってから何度か、おそるおそる、でもふざけて聞こえるように「何か作ったりしない?」って聞いてみたけど、お兄ちゃんは本から目を離さずに「しない」って言うだけだった。不安になってたのが馬鹿らしくなって、あれはやっぱり熱のせいだったのだと結論付ける。
「また、熱でも出そうかな」
ぽつりと口から出た言葉に、お兄ちゃんは呆れたような眼差しを一瞥だけ寄越して、あからさまに溜息をついた。
「別に、作るのが面倒なら買ってきても、食いに行ってもいいぞ」
「それも、面倒。いいや。冷凍ご飯あるし、チャーハンにしよう」
お兄ちゃんの反応は特になかったけど、ないってことはそれで良しってことだ。
そうやって、なんとなく日常に戻っていって、休みボケも無くなった頃、高山さんから連休後半に行けなかったドライブの話を持ちかけられた。
――ん、と。そこは千早がダメ? その次の日なら?
――明けだけど、まあ、なんとか
――無理しないで、別の日でもいいですよ?
――大空は?
お兄ちゃん?
――お兄ちゃんも明けですけど、行かないと思いますよ?
――ああ、うん。だろうね。ほら、不測の事態が起きた時に動けるかどうか知っとくのは大事だからさ
そんなことまで考えるのか。さすがお巡りさん。
なんて思ってたら、千早さんから突っ込みが入った。
――どこに行くつもりなのよ。地図に載ってない山道とかやめてよ?
――違うって。大空、意外と過保護だからさ。連絡つけられる時の方がいいかと思って!
――へぇ?
――いや、ちょっと。なんで千早に疑われてるの?
――普段の行いじゃないかしら?
――ちょ……わかった。千早。後で二人で話そう
――いいけど。朋生ちゃん、こういういい人の振りをした男に引っかかっちゃ駄目よ〜
――え……と。はい?
生暖かく見守っていたあたしは、突然振られた言葉に曖昧に返事をする。
高山さんはすっかりいじけたスタンプを送ってきたので、声を立てて笑ってしまった。
同じソファに座って本を読んでいたお兄ちゃんが、何事かと顔を上げる。
「あ、ごめん。うるさかった?」
「いや……動画でも見てるのか?」
「ううん。高山さんと千早さんと、連休中に行けなかったドライブに行こうかって話してて……二人が仲良いなって」
「ドライブ?」
「うん。今度の日曜になりそうかな? なんもないよね?」
「三人で行くのか?」
「たぶん? 何? お兄も行く?」
「…………行かない」
答えまで間があった。珍しいんじゃない?
これは、もしかすると、お兄を連れて行ける日も近かったりして?
高山さんと千早さんは、やっぱりお兄には大事な友達なんじゃないのかなぁ。
「会うなら、高山の服、返しておけよ」
そう言うと、お兄ちゃんはまた本に目を落としてしまった。
そうだったと思い出して、高山さんに言っておく。
結局、日曜の朝、高山さんがうちに迎えに来てくれるということになって、トークはお開きになった。
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