第30話 パールバティー号の乗客
アンジェリーナが指揮するネーレイド号はハヌマーンが乗っていたパールバティー号に接舷するために接近を試みたが、パールバティー号は接近するネーレイド号を見て攻撃されると思ったのか、帆をあげて逃亡を始めた。
発見した段階でその距離はにニ十キロメートル近くあったため、損傷しているとはいえパールバティー号が航走を始めると追いつくには時間が掛かる。
「嵐が過ぎ去っても何かと理屈をつけて帆をあげなかったくせに、追手の姿が見えるとあっという間に逃げる態勢を整えたな。現金な奴らだ」
ハヌマーンは自分が仕立てた船ではあるが、雇われの水夫たちには厳しい目を注いでいる。
「自分が戻るまで待っていろとか指示していなかったのですか?」
ヤースミーンが恐れげもなくハヌマーンに尋ね、ハヌマーンも平然とした雰囲気で答える。
「私が戻るまで停船して待っているように伝えておいたのだが、この船が動き始めたので私がやられたと思ったのかもしれないな」
ハヌマーンは他人事のように話して時折笑い声さえ上げるが、貴史としてはハヌマーンの剣の間合い内にヤースミーンがいるため、ハヌマーンが停戦の合意を反故にしてヤースミーンに斬りつけるのではないかと気が気ではない。
「ハヌマーンさん手旗信号であの船に指示して船を止めさせたらどうですか」
ヤースミーンはのほほんとした雰囲気でハヌマーンに提案し、ハヌマーンもそれを真面目に検討している雰囲気だった。
「そうだな、逃げる船は追手が気になるから常に監視しているはずだ。もう少し距離を詰めたら信号を送ってみよう。あの船はパールバティー号と言って賓客を乗せるにふさわしい大型船なのだが、昨夜の嵐の最中に大型の浮遊物と衝突して船首を損傷し船体内に浸水し始めてるのだ」
「そうですか。スマートないい船だけど、扱いが悪いとそんなものですね。でも望遠鏡を使ったとして一万メートル以上離れると、人の動きまでは確認しがたいので、もう少し接近したところで信号用の手旗をお貸ししましょう」
アンジェリーナもハヌマーンの横に並んで会話に参加し、嵐の後の強い日差しを受けた海を見つめている。
アンジェリーナが言う通り、大型のガイアレギオン船は海の彼方に帆と船体がかろうじて識別できる程度で、甲板上の人の動きを見極めるのは難しいに違いない。
ネーレイド号は追跡態勢を整え、副長のレノンが指揮して向かい風に対して間切る操船を行い次第にパールバティー号との距離を縮めていった。
早朝にハヌマーンが出現し、停戦の合意がなされてから追跡を始めたのだったが、ネーレイド号は昼になる頃には、パールバティー号まで約二千メートルほどの距離に接近していた。
「この船はなかなかいい船だが、パロではあまり見かけない船影だな」
「それはそうですよ。この船は進水したばかりで、処女航海でパロまで来たのですからね。それよりも金色仮面さんがそろそろ手旗信号を送ってはどうですか?この距離なら目が良ければ肉眼でも人を識別できますからね」
アンジェリーナが水を向けると、ハヌマーンはうなずいた。
「私の名はハヌマーンだ。ご厚意に甘えて手旗を借りることにしよう」
アンジェリーナが船員に信号用の手旗を持ってこさせ、ハヌマーンは両手に手旗を持つと信号を送り始める。
「何といっているのだろう?」
貴史がつぶやくと、アンジェリーナは親切にもハヌマーンの信号を通訳し始めた。
「ワレハハヌマーンフネヲトメテシジヲマテ」
ハヌマーンが旗を振って何回目かのメッセージを伝えていると、パールバティー号のマストに青白赤のストライプの小さな旗が上がるのが見える
「イエス旗を確認しました指示に従うようです」
マストの上からネーレイド号の船員が知らせるとハヌマーンは手旗信号を止めた。
パールバティー号は帆をたたんでスピードを落とし始め、ネーレイドも徐々に減速を始める。
船の場合、他の船との接触は大きな損傷を追う可能性があり、接舷する場合は時間をかけてゆっくりと接近する必要があるのだ。
やがて、二つの船は舷側を接して並び、ネーレイド号の船員はパールバティー号にロープを投げて互いに数か所でロープをもやって固定した。
「それではヤン君とやら、治療をお願いしてよろしいかな」
「いいですよ。怪我人の治療は僕の仕事ですからね」
ヤンは温厚な笑顔を浮かべてハヌマーンに続いてパールバティー号に乗り移ろうとする。
「あの、私達も一緒に行っていいですか」
ヤースミーンがハヌマーンに問うと、ハヌマーンは仮面の下からのんびりとした口調で答える。
「ああ、どうぞ。停戦中故、おいでいただいた方々は歓待いたしましょう」
貴史は冷酷非情に思えたハヌマーンが、戦いがない場面では至極温和な人物であることに驚いている。
パールバティー号の乗組員は茫然とした雰囲気でハヌマーンの期間を出迎え、貴史達をどこか恐ろしそうに見ている。
ハヌマーンは、ヤンを船室内案内しようとしたがヤースミーンが彼を呼び止めた。
「ハヌマーンさん、先にララアを返してください。約束ですからね」
ハヌマーンは仕方なさそうに歩みを止めるとヤースミーンを手招きする。
「こちらの部屋にいる。連れて帰るなり好きにすればいい」
ヤースミーンは足早にハヌマーンが示したドアまで進むと、ドアノブを回してドアを引き開けた。
ヤースミーンに続いて貴史とタリーが部屋に入り、その後ろからヤンが部屋を覗く。
四人が見たのはドレスアップして優雅にお茶を口にする少女の姿だった。
「ララアどうしたのですかその恰好は!?」
ヤースミーンが大きな声で叫ぶと、ララアは来客が誰か気づいた様子で、ティーカップを手にしたまま目を丸くしていた。
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