第7話 燐光の正体
洞窟の入り口は、岩肌がむき出しになった急な斜面にぽっかりと口を開けていた。
表土が崩れて積もった部分は踏み固められて道が出来ており、入り口は斜面を登ったところにある。
貴史は談笑しながら洞窟に入ろうとしているアンジェリーナとヤースミーンに追いつくと、背中に担いだ剣を抜きながら言った。
「洞窟の中に何かが潜んでいるかもしれないから、もう少し用心したほうがいい」
それもそうですね。少し準備してから入りましょうか。
ヤースミーンも自分のクロスボウを手に取ると、地面に降ろして矢を装填し始めた。
「フオオオオオ」
クロスボウの矢の装填はてこの原理を使ってあるのだが、ヤースミーンにとっては全身の力を要する大仕事だ。
ガチョンという作動音と共に矢が装填されると、ヤースミーンも戦闘態勢に入り目付きが鋭くなる。
ヤースミーンは戦いの先端を切って矢を放ち、ヒットアンドアウェイで即座に退避するので、隣にいる貴史は反撃して来る敵の正面に立たされる場合が多い。
貴史は軟体動物苦手なのだがと、今更のように思うがもはや後戻りはできない雰囲気だった。
洞窟内は人が立って通れるほどの高さで道幅もあり、閉所恐怖に陥らなくて済む雰囲気だ。
ヤースミーンと貴史が周囲を警戒しながら進むとやがてトンネルは大きな空間にでた。
そこは学校の体育館ほどもある空洞で中央には横幅数十メートルはある水面が広がっている。
水面の周囲には開けた地面もそこここにあり、水面が海に繋がっているのならば、村人たちが天然の良港と考えたことも無理からぬ話だ。
洞窟内に平らな地面が広がる場所に出ると、そこにはほとんど完成した木造の帆船が台座の上に設置されていた。
水面に向けてスロープがあり、そこには台座ごと滑らて進水させるレールも設置されていた。
「よかった。船は壊されていない」
アンジェリーナは安堵したように言うが、水面の近くまで進んだヤースミーンは貴史を振り返る。
「水の中に何かがいますよ。青白く光っています」
巨大クラーケンがこちらを見ている目だったらどうしようと貴史はビビリながら水面を覗いたが、青白い光は無数に連なっており、洞窟の水底を覆いつくしているようだ。
その光はよく見ると二つの光点がワンセットになっていた。
貴史が一番手直に見える青白い光をよく見ると、それは弱い燐光を放つ、長径が一メートルを超える楕円体で、その中には黒いシルエットが見える。
ひときわ目立つ二つの青白い光は黒いシルエットに二つ並んでいた。
貴史はシルエットの形に既視感があったので、何の形か考えるうちにそれの正体に思い当たった。
「もしかして、クラーケンの卵なのか」
「私もそう思っていました。村を襲ったのは卵からかえって間もない幼生だったのですね」
水底を覆いつくす青白い光の正体がクラーケンの卵だとしたら、その数はおびただしいものだった。
「どうやらここは巨大クラーケンの産卵場らしい。偶然発見した人間が入り込んだために怒ったクラーケンに襲われたというところだな」
タリーが自説を披露すると、アンジェリーナは両手で口を押えた。
「なんてことなの。私たちが魔物のテリトリーを犯したのだとしたら、攻撃されるのが当たり前じゃないの」
「ララアもそれに気が付いたからあなた達に注告して去っていったのかもしれませんね」
貴史が学んだところでは、この世界では完全に魔物を駆逐したエリアは別として、魔物が生活する領域では魔物の巣や、獲物を捕るテリトリーにむやみに侵入することは禁物だった。
魔物とみれば戦いを挑んでいては身が持たない故、人々は共存するための方法も学んでいるのだ。
「これだけいればクラーケンの墨パスタの材料には事欠かないな。村の名物にしたら観光客が押し寄せてくるかもしれないぜ」
新作メニューに自信を持ったタリーは、アンジェリーナを相手に村の観光振興の柱にするべく売り込み始めるが、横で見ていたヤースミーンは冷たく指摘する。
「クラーケンは卵が孵化するまでは母親が近くにいて世話をすると言われています。幼生を捕獲して商売にするつもりなら、親クラーケンと戦う覚悟がいりますよ」
貴史は不吉なことを言わないでくれと心の中でつぶやいて、さりげなく水面から離れて洞窟の壁際に戻る。
沢山の卵があるからには、親クラーケンが近くに潜んでいるのではないかと心配になったのだ。
そして、貴史の心配は現実のものとなった。
静かだった洞窟の水面にさざ波が立ったかと思うと、水面を突き破って巨大な物体が飛び出すのが見えた。
その勢いで波が引き起こされ、岸辺にも波が打ち寄せて貴史達の足元を洗う。
「クラーケンです。すごく大きくてまるで島のようですよ」
貴史は全身が総毛立つのを感じた。
最も苦手な生き物であるイカ系の軟体動物、それも特大サイズのやつが水面を割って姿を現し、太さが人の身長ほどもある腕が沢山の吸盤をうごめかしながら水面上を動き回っている。
貴史は逃げ道を探してきた方向を見たが、そちらにはすでに騎士から陸上に巨大な軟体動物の腕が伸ばされ、うねうねと動き回っていた。
「帰り道を塞がれてしまいましたね」
ヤースミーンは妙に冷静な声でつぶやいたが、貴史はもはや取り乱していた。
「どうするんだよ。この洞窟から出られないじゃないか」
貴史が叫ぶと、ヤースミーンは片手で貴史の口をふさいだ。
「落ち着いてください。こうなったらあのクラーケンを相手にどちらかが死ぬまで戦うか、あれと仲良くなって通してもらうかどちらか選ばなければなりません」
どちらも選びたくない!と貴史は心の中で絶叫した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます