【4-16】裸踊り ②

【第4章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700428756334954

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 総司令官アルベルト=ミーミルの構える望遠鏡レンズの先では、上半身裸の帝国兵が数名、腹部に人の顔を描き、踊っている。その脇では、全裸の帝国兵が横になって眠っていた。


「あれは、帝国軍兵士です」


「そう……みたいだな」


 副司令官・スカルド=ローズルの説明は的確だった。しかし、あの姿で戦死しても、敵味方どちらの軍の所属か、すぐには判別できないだろう。


 ミーミルは、さらに目を凝らし、帝国兵たちが振っている旗の文字を読解した。


 汚い字だが、ヴァナヘイム国公用語で書かれているようだ。

『お前たちの国主に似ているのはどれか』


 ――ああ、あの兵士たちの腹に描かれた顔は、我らの主君の顔であったか。


「どれも、あまり似ていないな」

 ミーミルは思わず苦笑してつぶやいた。


「は……?」

 若い総司令官の発言の意味を解しかね、幕僚たちが戸惑うような表情を浮かべた時だった。


 突然、ミーミル一行の頭越しに、ラッパの音が聞こえてきたのである。



 小高い山の上、後方の陣営ではあるが、ラッパの音が鳴り響いている。その高い音色が意味するのは――部隊の前進だ。


「あれは、どこの隊だ」


「ダリアン准将の率いる――」


 ミーミルは、部下の回答を聞き終えずに斜面を駆け昇った。


 そのまま馬にまたがり、ラッパの鳴り響く部隊の元へと、山を駆け上がる。ローズルたちも馬に飛び乗り、慌てて上官の後に続いた。



 山を下って来る数多くの歩兵とすれ違うようにして中腹までくると、エリオット=ダリアン准将とその部下たちと思しき姿が見えてきた。軍服の袖に金ラインがあり、一目で将校と分かる。


 ミーミルは馬を横付けし、一行の進路を阻んだ。


「そ、総司令官どの!?」 


 単騎で自軍の進路を阻んだ者が、新任司令官であることが分かると、ダリアンたちは一様に驚きの色を隠しきれなかった。


「准将、どこに行くつもりか」

 馬を全力で飛ばしてきたミーミルの呼吸は、まだ整っていない。


「……帝国の連中に、ひと泡吹かせて参ります」


「私は、全軍に持ち場を固めよと命じている」


「ええ、ですから、旅団の各隊は仰せのままに、我が直属の隊だけで一戦交えて参ります」


「貴官もただちに兵をまとめ、もといた場所に引き揚げよ」


 若き総司令官を乗せた馬は、主人の大声に落ち着きなく足を乱した。ミーミルは、巧みに手綱とあぶみを駆使して、馬の姿勢を保つ。


「……司令は、あの帝国兵どもをご覧になりませんでしたか」


「ああ、さっき見た」


「あそこまでにされて、まだ自らの陣営から出てはならぬとおっしゃいますか」

 准将は、面長の顔を震わせて怒気を露わにしている。


「まだ動く時ではない」


 副司令官以下、後続の幕僚たちも、ようやく総司令官に追いつきはじめた。彼らは斜面一段低い場所から、両者のやり取りを見つめる。


「帝国軍は油断しきっております。いまこそ反撃の機会到来と小官は……」


「ならぬ。すぐに引き揚げよ」

 准将の声は大将の命令にかき消されたが、その考えを改めるつもりはないようだった。


「……いつまでも穴倉生活を続けていたら、兵士たちの士気にかかわることもお忘れなく」


 准将とその一行は、総司令官の左右を流れていく。


「ダリアン准将!」


「我らは、オーズ中将の指示に従って動いております。直接、将軍に掛け合われよ」


 ダリアンは、振り返らずそう告げると、片手を上げた。准将の後続の部隊は、土煙を上げて山を下っていく。



 その様子を見送りながら、ローズルたちが駒を近づけてくる。


「……閣下、いかがいたしますか」


 ヴァナヘイム軍の軍制は、大領主を盟主に掲げた縦割りの色合いが強い。中小領主にとって、は首長たる大領主であった。さらに、軍令に違反しても「戦果を上げた以上は罰せず」という、古き戦場慣習も色濃く残っていた。


 それらの事情から、歴代総司令官は各隊の統制に苦慮している。まして、若造のミーミルの言うことなど、彼らが聞き入れるはずもない。


「仕方がない。オーズ将軍の陣営に向かおう。この丘のさらに先だったな」


 ミーミルは馬腹を蹴った。






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この先も「航跡」は続いていきます。


ダリアン准将、言うこと聞いてよと思われた方、

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【予 告】

次回、「裸踊り ③」お楽しみに。


「オーズ将軍、これから攻撃をかけるつもりか」

「知れたことよ。帝国の雑兵ども、つけあがりおって。今日こそ蹴散らしてくれん」

 帝国軍の挑発は、連日続いているのだ。この猛将は、その太い腕でサーベルを折らんばかりに息巻くと、幕舎を抜けていく――。

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