【5-2】異国かぶれ ①

【第5章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816700428838539830

【地図】ヴァナヘイム国

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927859849819644

【世界地図】航跡の舞台

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927860607993226

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 少女ソルの生家は、代々ヴァーラス領を治める大貴族・ムンディル家であった。


 そこは閉鎖的な家風であり、

 ――ムンディル家のために。

や、

 ――ヴァーラス領のために。

など、一族や所領にひもづいた家訓が、金科玉条として存在した。


 すなわち、ムンディル家では、ヴァナヘイム国外はおろかヴァーラス領外に目を向けることすら、快く思われていなかった。


 世俗的な思想にかぶれることをいとい、父・ファーリは娘に新聞を読むことすら許さぬほどだった。

 


 一方、少女の友人は、ムンディル家領下の中級貴族であった。ヴァナヘイム領民としては珍しく、友人の父親は若かりし頃、帝都のオーク大学に留学していたという。


 ステンカ王国の鷲の剥製や、アンクラ王国の帆船模型、イフリキア大陸の民族の仮面など、友人の家には、彼がこれまで集めた諸外国の文物が、たくさん置かれていた。


 それらに囲まれているとき、少女は五大陸七大海を旅することができた。


 長じるにつれ、ムンディル家の家風に疑問を抱きつつあった少女にとって、その友人の家は、魅力にあふれていた。否、友人宅における刺激によって、生家の家風に疑問を抱くようになったと言った方が正しかろう。

 

 友人の父親は、夏季や年末年始などまとまった休暇の折に、王都からヴァーラス領下へ戻った。


 彼は帰省すると、娘たちを連れてヴァーラス近郊の街に繰り出した。諸国の絵本から図鑑まで豊富に取り揃えた古本屋・貸本屋めぐりや、帝国東岸領からの旅芸人が様々な演目を披露する舞台観覧など、どれもソルにとって初めて体験することばかりであった。


 街歩きを終えると、3人は舶来品の詰まった屋敷に戻った。そこで、ムルング産の紅茶を飲みながら、友人の父親から帝都留学時の話を聞くのが、少女にとって何よりも楽しみだった。


 当時の写真をめくりつつ繰り広げられる、アロード大海の航海や、帝都ターラ百貨店での買い物の話は、どんな絵本よりも魅力的であった。


 いつまでもヴァーラスだのノーアトゥーンだの狭い視野で生きていてはいけないよ――彼の留学話は、実娘じつじょうに対するこの言葉でいつも結ばれた。


 父の言葉に力強くうなずく友人の姿を、ソルは羨ましいと思った。内向的なムンディルの家訓よりも、彼の言葉の方が少女の胸にストンと落ちるのだった。




 異国狂いの臣下の邸宅に娘が入りびたることについて、実父は良い顔をしなかった。


 娘が朋友ほうゆうとともに、古書店で卑猥な本を流し目で眺めていたり、舞台小屋で下世話な人情ばなしにお腹を抱えて笑い転げたりしているなどと知ったら、実父は卒倒したことだろう。


 一時期、父・ファーリがヴァーラス城に滞在している間は、娘・ソルはこの友人宅へ足を向けることすら、はばかられるようになった。


 祖母・マニィが上手く口裏を合わせてくれなかったら、友人宅通いは完全に途絶していたことだろう。


 窮屈なムンディル家に嫁いで45年、家訓や年長者の押さえつけから解放された祖母は、少女の最大の理解者であった。彼女は、自身が経験できなかった理想の青春時代を、孫を通して体験しているかのようだった。


「友達の家に遊びに行って悪いのさ、コラァ。父親のが余計な口出しするんじゃよッ」

 マニィ持ち前のイエリンなまりまる出しかつ歯に衣着せぬ物言いは、いよいよ冴えわたった。


 肝の据わった老母を前にして父が反論出来ぬ隙に、ソルは屋敷を抜け出すのだった。






【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


ソルの過去に興味を持っていただけた方、

祖母マニィの破戒ぶりに爽快感を覚えた方、


ぜひこちらから🔖や⭐️をお願いいたします

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ソルたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「異国かぶれ ②」お楽しみに。


帝国の覇権主義は続いている。

ヴァナヘイム領内の貴金属の採れる山や、物成りの良い土地は、次々と軍勢を送り込まれては、占拠されていった。


帝国からの圧力は、このような直接的な手口だけではなかった。

近年、帝国国内では機械工業化が急速に進んでいる。大資本が投下された工場では、新式の機械が昼夜問わず稼働し、大量の製品を造り出していく――。

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