【3-2】査問 ②

【第3章 登場人物】

https://kakuyomu.jp/works/1177354054894256758/episodes/16816927860003776772

【査問会 席次表】

https://kakuyomu.jp/users/FuminoriAkiyama/news/16816927860241110695

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 東征軍が中軍を据えていた街道の沿いの町では、主だった建物のほとんどの部屋が取調室になっている。


 マグノマン准将事故死の調査にあたって、所属部署・役職階級・担当区域など作戦との関係性の深浅で、呼び出される部屋が異なる仕組みだ。


 数日前まで総司令部が置かれていた町の集会所――セラ=レイス少佐はその一室の前に立っていた。


 本件について、最重要と目される関係者を聴取する部屋である。


 これより、彼は本国より派遣された調査団から査問を受けるのである。呼吸しただけで肺を病みそうな空気が、古く傷んだ扉の隙間から漏れ出ている。



 扉をノックすると、なかから入室を促す声が響いた。その響きには温かみの欠片かけらも感じられない。


 室内には、中央に簡易な木製の椅子が置かれ、その椅子をコの字型に取り巻くようにして、テーブルと椅子が並べられていた。


 テーブル中央の席には、狐の大将が座っている。


 ――まるでカラスだな。


 この日も、ターン=ブリクリウは60代後半とは思えぬほど、黒々とした髪を整髪油で後ろに撫で上げていた。


 椅子に掛けられた薄手の外套から机下の軍靴まで黒一色の様だけでなく、その存在の不気味さから、レイスは黒い野鳥を想い浮かべた。


 しかし、彼は内心首をかしげた。この付けたばかりのあだ名について、しっくりこなかったからだ。


 カラスが光り物を好むように、体に多量の勲章をぶら下げているものの、この男の顔は、どう見ても狐にしか見えないのである。


 ――やはり、あたりが妥当だろう。


 その黒狐の両翼には、彼の息のかかった査問官たちが5人ずつ席を占めていた。


 左の一番端の席には、腕から顔半分まで包帯だらけの男が座っている。羽織っている軍服の袖章は、少佐を示していた。


 このは、眼力だけで人を殺傷できるのではないかと思えるほど、敵意むき出しの視線をレイスに向けて投げつけてくる。おおかた、先に壊滅したマグノマン准将の部隊から、奇跡的に生還した士官か何かであろう。


 息のかかった配下たちと、前線の証言者を揃え、黒狐の準備は万端といったところだろうか。



 それにしても、左端の包帯少佐を除いて、査問官たちの服装はきらびやかだ。


 胸に数多の勲章を下げているのは、黒狐の大将だけではなかった。腰に帯びた金装飾豊かなサーベルも、華やかさに彩りを添えている。


 こいつらを見ていると、帝国軍軍服の生地は、これほど鮮やかな濃緑色だったのかと、レイスは驚かされるばかりだ。


 己をはじめ、戦場で長らく過ごしている将校たちの軍服は、みな薄汚れているのだ。


 きちんとそれを着こなしている総司令官のアトロン老将ですら、生地にここまでの艶はない。布地のなかに砂や埃が入りこんでいるからなのだろう。


 華美な軍服や装飾に食傷気味のレイスは、建物に意識を移す。きらびやかな衣装集団の背後にある壁面は、塗装が剥げていた。


 査問官たちの磨き上げられた軍靴の合間に見える板張りの床は、ところどころめくれている。


 部屋は、田舎の集会所のままであり、この建物の主のように振舞う者たちの華美な装いは、とてつもなくミスマッチであった。



 セラ=レイスは、扉を開けたまま室内の観察を終えた。気をつけていても、皮肉な微笑が顔に浮かんでしまう。


 右端に座る眼鏡をかけた狐の子分が、見かねたように中央の席へ座るよう促す。眼鏡の肩章は尉官最上位を示していた。


 ――まるで、被告人席だな。

 この場を少女が裁判と解釈していたのも、あながち的を外していなかったのかもしれない。


 芝居の舞台へ無理やり引き上げられたかのような気分になり、レイスは不愉快であった。それも、大道具と衣装の予算配分を間違えた三文芝居であればなおさらだ。


 小さく鼻を鳴らすと、レイスは大股で進み、指示された席に力強く座った。背もたれに寄りかかり、足を組む。


 眼鏡大尉は、自らに向けられた軍靴に、不愉快そうな表情を浮かべた。



 しばらくすると、その眼鏡大尉の口が開き、所属と氏名、階級を尋ねてきた。レイスは、そのままの姿勢で、問われたことだけをぶっきらぼうに答える。


 本来は、査問を受ける側から申し出なければいけない規則だそうだが、この紅毛の若者にとっては、知ったことではない。


 続いて眼鏡大尉は、最上位の黒狐以下、居並ぶ査問官たちの名前と階級を告げていく。


 10人以上の名前と階級など、一度に覚えてられんとばかりに、レイスは大きくあくびをすると、紹介の途中から目をつむってしまった。


 彼の頭脳であれば、この場の人間の氏名だけでなく、祖父母・両親・妻子の名前、はたまた出生地まで一度に覚えてしまうだろう。


 だが、その性質は基本怠惰であり、興味のない情報を脳に入力することなど、真っ平御免なのだ。





【作者からのお願い】

この先も「航跡」は続いていきます。


レイスが命名したあだ名に賛同いただける方、

査問会を切り抜けられるよう、レイスを応援いただける方、


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レイスたちの乗った船の推進力となりますので、何卒、よろしくお願い申し上げます🚢



【予 告】

次回、「査問 ③」お楽しみに。


「万事、計画どおりに推移した作戦を『杜撰ずさん』などとおっしゃるのであれば、帝国戦史を紐解かれ、これ以上の事例を示していただかないと、私はもちろん、共に作戦を練り上げた部下たちが、納得しないでしょう」


一対多数、数的不利、T字不利?のレイスにご注目ください。

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