ロードスター
ゆーのす
ロードスターVSインテグラ
すべてが水のように溶け、まるで絵の具を水に垂らしたように、ぐちゃぐちゃに過ぎ去る。遠くの一点だけが、鮮明な写真のように見える。
エンジンの音は耳を越え、脳へ伝わる。それがアドレナリンを抽出し、身体を奮い立たせる。血流が身体全体を高速で駆け巡っていく。外気温との兼ね合いもあるが、体温は上昇を続けている。
ハンドルを握る手のひらは汗ばみ、額の汗はゆっくりと流れ、全身は加速Gで押し潰される。
ここは筑波サーキット、コース2000。
裏ストレートを戦闘機の如く、一直線に突き進む。
周囲にいるのは、ライバルの鏑木が操る10号車インテグラタイプSただ一台。初っぱなからずっと2台でバトルを繰り広げ、前の周で辛うじて前に出た俺が引っ張る。時間的にこれが最後のラップだ。
間もなく、眼前に最終コーナーが迫る。ブレーキング勝負だ。
時速175キロ、インテグラが並ぶ。チラッと奴がこちらを見た。まだブレーキは早い。
オフィシャルポストを過ぎる。旗は振られていない。コースはオールクリア。何事もなく最後の勝負ができる。
最終コーナーが目の前に来る。とてつもなく広いコース幅は、途端にその巨大さを潜め、視覚的に狭まっていく。奥に広がる砂場がこちらへ来いと手招きするようだ。
まもなくブレーキング。ブレーキングの詰めが甘い俺に取っては、ここが一番の勝負どころだ。
すると、横をインテグラが前に出ていく。インテグラのエンブレムが陽光を反射して鈍く光る。まるで勝利を確信したかのように。まだ踏まない。
ブレーキングポイントはほぼ同時、いやこちらが早かった。強烈なGが体を襲う。入った瞬間に、苦虫を噛み潰した感覚を覚える。
コーナーに進入し、車速は130キロを指す。Gは縦から横に変化して、車両を外へと外へ押し出そうとする。それをサスペンションが受け止め、タイヤは最後のグリップ力を目一杯発揮する。入り口は狭く感じた最終コーナーは、今はぐんと広がり、広大なコース幅を見せている。
腰に車両の動きが伝わってくる。タイヤはまだ攻められる。滑る感覚はまだない。アクセルを許容範囲で踏み込み、速度を調節していく。前方のインテグラとの距離は一台分くらいだ。だが、もう詰められるほどに時間は余ってはいない。コーナーの中盤を過ぎ、ややアクセルを開け気味に出口のグラベルへと向かう。
立ち上がりでアクセルを全開。最後の加速だ。横Gが再び縦Gに移行する。甲高いVTECがこちらのコックピットに鳴り響く。
半車身詰まったかに思えたが、きっと錯覚だ。ゴールポストでチェッカーフラッグが舞っている。ゴールラインを最初に越えたのはインテグラだ。ゴールラインを越えて、徐々に速度を緩める。
1コーナーを回ってスローダウンしたインテグラに並ぶ。鏑木がこっちにグッドラックを送ってくる。俺も笑顔を見せて答える。
また負けた。けどいい戦いができた。次こそはと決意を新たにする。二台で並走してコースを巡る。1ヘア、ダウンロップ、80R、2ヘア…。鋭い判断力と、強い精神力を使い果たし、どっと疲れた身体をシートに沈みこませる。愛機に一言「お疲れ」と、声をかけて、ゆったり走る。そして一列になり、ピットロードへアプローチする。
ゆるゆると狭いピットロードへ入って、パドックに到着する。後ろから続々と、走行を終えたスポーツカーが出てくる。
車両から降りて、ヘルメットを脱ぐ。外気が俺の肌を滑り、風が気持ちよく汗を飛ばしていく。同じくインテグラから降りた鏑木に近寄って、賛辞を述べる。
「最終コーナー、見事だった。」
鏑木がにやっと笑って、ぐっと拳をつき出す。
「いやー行くしかないっしょ、ってことで突っ込んだ。案外行けるもんだよ。」
「やっぱそこらの感覚はかぶちゃんに敵わないな。おめでとさん。」
奴の拳に自らの拳をぶつけて、奮闘を称えあう。
今日もよく走った。夕飯が美味しいだろう。
愛機を見つめて、改めて心で謝辞を述べる。フェンダーを撫でて、新たに出来た飛び石傷を撫でる。
ボンネットを上げて、機器類に異常がないかを手早く、簡単に点検する。熱気を発するエンジンが徐々に、その温度を下げていく。
オフィシャルから、終了式を執り行うと放送が入る。
「さくさん、行こーぜー。」
鏑木が笑みを浮かべて誘ってくる。
手を上げてそれに応える。二人でならんで、走った感想を言い合う。あのコーナーがどうだとか、互いの突っ込み方、加速や、ブレーキングをそれぞれ意見を出していく。
話をしながら、俺はまだ鏑木にはまだ勝てないと思っていた。だからその分走って、次こそは更に速く。と、決意新たにしていくのだ。だが、それ以上に楽しく走れた。それこそが一番の戦果だと思う。
だからまた走りたいと思えるし、次の目標も立っていくのだ。
ロードスター ゆーのす @Eunos-road-star
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