エピローグ

 一夜明けて、ウィートン村には魔術連盟の捜査が入った。屋敷のほとんどが爆発によって破壊しつくされ、死体も何もかもが燃えていた。禁術の詳細は残されていなかった。禁術に手を染めた魔術師にはよくあることだ。自分の成果を、他の誰かに渡したくはないという、最後の執着だろう。ヨハンの場合は、家族を渡したくないという、執念か。

「………………」

 せわしない魔術連盟の魔術師たちを、ルカはぼうっと見つめていた。そんなルカに、ぱたぱたと小さな影が駆け寄ってきた。

「ハーメルンは!?」

 ユーキだった。ルカのローブを引っ張って、尋ねてくる。大きな目に涙をためて、不安げな顔をしていた。

「ハーメルンはどこ!?みんなは!?」

「……多分、ハーメルンは生きていると思うけど、どこにいるかは分からない」

「……ッ……気休めなんかいらないよ」

「気休めじゃないよ。彼は簡単に死ねないんだ」

 事実、そうかもしれない。吸血鬼の能力で、ハーメルンは簡単に死ぬことができないのは、事実だ。

 生きているとも断言できないが。

「生きてると、色々背負うことになるんだ。それを背負うと、人って簡単に死ねなくなる」

「よくわかんないけど……ハーメルンは生きてるんだね」

 安堵したらしいユーキに、ルカはなにも答えず、笑うだけで返した。

「お前、これからどうするんだ」

「ハーメルンみたいになりたい」

「それは……」

 よくないことだ。人殺しになるのをハーメルンはきっと望んでいない、やめろ。いろんな言葉がルカには浮かんだが、どれもこれも、詭弁でしかないので口には出せない。

「沢山勉強して、金持ちになって、偉くなれば、ハーメルンみたいにはできないけど、僕らみたいな子供たちを助けられるでしょう。ハーメルンが帰ってくるまで、僕が頑張るんだ」

 ユーキは小さな拳を握りしめ、続ける。

「ハーメルンはたくさん頑張ってくれたもん。僕たちの為に。だから、今度は僕が頑張る番だよ。そうしたら、もうハーメルンが大変な思いしなくて済むでしょ」

「……そう、だな」

 ハーメルンが守ったものがたしかに繋がっていることが、ルカにはよくわかった。

 そしておそらく、これからそれがさらに繋がっていくことも。

「あんな化け物、簡単に死ぬわけないだろ」

 ルカがユーキに手を上げて別れを告げる際、クリスが通りがかり際に言った。なんだと、と声を上げてユーキはクリスを追いかけていく。

 ルカがふと視線を上げると、マリアが遠くで頭を下げていた。彼女とともにいた女の子も手を振っている。

「お前無責任なヤツだな、適当な事言っちゃっていいの?」

 いつのまにやら近くにいたリンドにそう問われ、ルカは目を丸くした。

 少し考えてから、口を開く。

「……そーだな。けどハーメルンが生きているって確証はない。けれど、死んだって確証もない。悪魔の証明だろ」

「屁理屈だな」

「屁理屈でいいんだよ。人間って、縋るものが無いと生きてけないんだ。それがなくなった途端、すぐに崩れる」

 こんもりとしていた砂の山を蹴り飛ばして、ルカは言う。

「だから愛とか正義とか、そういう、形が無くて、不確定で、独善でしかない、自己満足でも、救われるものは確かにあるってこと」

「おセンチタイムは終わったかい、相棒よ」

 にやりと笑って小ばかにしたように言うリンドに、ルカは恥ずかしそうに頭を掻いた。

「……うるせーなあ」

「はよ行くぞ、俺にとっちゃこっからが本番なんだからよう」

 本番。何の事だったか。激しい戦闘の後はぼんやりしていけない。ルカは無意識にブローチに触れようとした。

「…………あああ!」

 ない。なによりも、少なくとも絶対、いやいちいち言う必要もないし比較対象にもならないが、目の前の能天気極まりないただの蜥蜴よりも遥かに価値のある、ルカにとって大切な兄からの贈り物であるブローチがない。ルカはすべて思い出した。

「カーバンクルは全部そろってるな!?」

「おう」

「よし行くぞ!」

 そして、ドロッセレインへと――ヴィーヴルの下へ急ごうとリンドを急かす。

「ルカ様~!」

 ルクレティアが村の入り口で手を振っていた。ありがたいことに、此処に来た時と同じように馬車を傍らに停めている。

「図ったようなタイミングだな」

 ルカが感心したように言うと、ルクレティアは誇らしげにしていた。

「無論でございます。爆発の音が聞こえたあたりで、馬車を走らせました」

 と、言うのはデイモン。相変わらずの非常識さに、ルカは肩をすくめた。


 ドロッセレイン・幻獣保護施設。施設に入った途端、ルカとリンドはまたヴィーヴルの洞に招かれた。

 カーバンクルを連れて、リンドはさっさとヴィーヴルの住処に入って行った。

 あまりの行動の速さに、ルカはしばし呆気に取られている。

 ほんの少し経つと、ヴィーヴルの悲鳴と何か引きずるような音、リンドの怒声のようなものが聞こえて、ルカは我に返り、慌ててヴィーヴルの住処に駆け込んだ。

 平謝りして巨体を平伏させているヴィーヴルと、頭を抱えたリンド。何が何だかわからないが、とりあえずルカには、リンドの思い通りにはならなかったことだけはわかった。

「魔力、殆どあのバケモンが使い果たしてやがった!次ちゃんとした魔石ができるのは数十年後だッ」

 リンドは頭を掻きむしって、そうわめきちらした。リンドの足元では、そんなことは我関せずとばかりに、カーバンクルたちがはねたり転がったりしている。

「じゃあお前、ヤバいじゃん」

「まあ、この女から根こそぎ奪ったけど」

 ヴィーヴルの額にあった宝石がえぐり取られている。無理やり剥がしたのか、ピンクの肉が見え、血が滴り落ち、ヴィーヴルは泣いていた。

「カーバンクルたちは大丈夫なのかよ」

「魔力は多少は残ってるし、なんかやらかさなきゃ大丈夫だろ」

「ていうか、ため込んである魔石は?」

「来た早々このチビ共が食い尽くした」

「ああ、そう……」

 リンドがぐちぐち文句を言うのを放置して、ルカはヴィーヴルに向き直った。

「大変申し訳ありませんでした……」

 ヴィーヴルは平伏し、涙をこぼし続け、彼女の足元(下半身は蛇なので、足はないが)には池のように涙が溜まっていた。

「なあ、そんな状態の時に悪いけど……俺のブローチを返してくれよ」

 少々気の毒に思ったが、ルカはそう言って手を差し出した。

「あ、ああ、そうでしたね。約束は違えません」

 ヴィーヴルが何か唱えると、ルカの掌に小さな光が輝いた。光が収まると、ルカの目の色と同じブローチが乗っかっていた。

 息をついて、ルカは代わりにつけていたブローチを外し、それに付け替える。

「ありがとう。私の子を助けてくれて。あなたの言葉で、愚かさにも気づけました」

 ルカに対する殊勝な言葉がヴィーヴルから出てきて、ついルカは面食らった。初めて会った時の尊大な態度とは大違いだ。まあ、リンドのせいもあるだろうが。

「こんなことになるなら、石もこの子たちも自分の傍に置いて、ずっと守っておこうと思って」

「それなら、一度幻獣保護施設の魔術師と話し合った方がいいと思う。揉めるより、和解して、協力してもらった方が互いの為だろ」

「そうですね……」

 ヴィーヴルが考え込みそうだったので、ルカはその前に口を開く。

「そうだ。あと、あんた、俺の兄さんを知っているって聞いたけれど」

 問われて、ヴィーヴルは目を丸くしてから、「ああ」と声を上げた。

「一年前くらいのことですね……わたしの子が魔術師たちの失態で奪われてしまい、連れ戻してくれたことがあったのです。それで、褒美に私に話を聞きたいというので、許可しました」

「どんな話を?」

「世界の秘密です」

「世界の秘密って?」

 「世界」と「秘密」それぞれの単語の意味はルカにもわかるが、この世界の秘密と言われると別だ。ルカが問うが、ヴィーヴルは申し訳なさそうに首を振った。

「ドラゴンだから知らないか、と尋ねられたのですが、私はリンドヴルム様のように高位のドラゴンではないのでわたしが知る事ではないのです」

「なあ、世界の秘密ってなんだよ」

 そのリンドヴルムにルカは問う。だが返ってきたのは、

「……さあな」

 そんなそっけない返答だった。兄に繋がる手がかりかもしれない。焦れたルカはリンドの腕を掴んだ。

「お前、何か知ってるんじゃないか」

「そんなもん探して、たかが人間が——いや、誰が知ったところで何の意味もない事だ。聞くだけ無駄なんだよ」

 リンドはルカに掴まれた腕を振り払いながら、続ける。

「お前の兄貴が何してるか知らねえが、また会ったら言っとけ、意味ねえことはやめろってな」

 いつも騒がしいリンドには珍しい冷めたような、それでいて諭しているような声音だった。

 その後もルカはリンドにしつこく尋ねたが、リンドは黙殺を決め込んだ。

(一体、兄さんは何を追っているって言うんだよ……?)

 ブローチを握りしめ、ルカは唇を噛んだ。


 ドロッセレインの施設の魔術師たちに挨拶をして、ルカは街を出た。

「ていうか、いつまでついて来るんだよ」

 足を止めずに、振り返らないままでルカは後ろのリンドに問う。

「オレさま魔力まだ戻ってないんですけど」

「いや、知らんわ!」

 答えになっていない支離滅裂な返答に、ルカはつい怒鳴った。

「ていうか、アレだ。お前と居るとなんか面白そうだからな」

「はあ!?」

 いつのまにやら隣に来ていたリンドは馴れ馴れしくルカの肩に腕をのせると、

「まあ、もうちょっとついて行ってやるよ、ヨロシク頼むぜ、あ・い・ぼ・う!」

 ニヤニヤしながらそう訳の分からない事を言い出した。

「ふ………」

 ルカはぴたっとその場に立ち止まり、肩を震わせる。

「――ふざけんなあああああっ!」

 初夏の湿ぼったい風がそんなルカの絶叫をどこかへ運んで行った。

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