フリーダム・イン・ザ・プリズン

本陣忠人

4:36 am

「俺達に、真の自由はあるのだろうか?」


 近くのジャックがポツリと漏らしたのが、その一日のはじまりだった。今にして思えば何かを終わらせる音色だったのかも知れないけど。


 現在時刻は曖昧で、アバウトな解釈で言うならば夜明け前。

 寒々しい監獄の中はひっそりと静まり返っているが、決して無音では無い。そこかしこから仲間達の寝息や微細な物音。外因的な自然音が微かに横たわる。


 そんな折、隣の檻の古参兵は確かにそう呟いたのだ。

 けれど、きっと…それは僕に向けたものでは無く、独り言の延長線の様なものだったのだろう。


 その証拠に彼は「悪い…起こしちゃったか?」と答えを求めるでもなく僕を気遣う言葉を小さく吐き出した。


「いいよ、別に。気にしてない…それよりジャック、どういう意味だ?」


 だから僕も自分勝手で押付けがましい質問を身勝手ながらも何でもない風に尋ねてみた。得心の行く回答が得られるかは半々といったところか?


 心的な居心地の悪さを察したかどうか、その確率は半々よりもなお悪い。

 僕のやぶれかぶれを含んだ心中を慮ったと思いたい様相で身を捩り、ジャックは低いながらも響く声を指向性混じりで発する。


「別に。深い考えや裏付けになるような論理があった訳ではない。ただ、漠然とそんな気がしただけだ」

「そりゃあまた珍妙な気になるもんだ。昼間の労働が足りなかったんじゃないか?」


 そんな皮肉めいた返しをする僕の頭に浮かんでいたのは僕達が過ごす日々の生活。

 外界とは柵で区切られたサークルの中で生きる毎日。

 日中はお天道様の下で各自が思い思いの作業で汗を流す。運動に励むもの、木陰の下で昼寝を楽しむもの。


 たまに強制される出来事はあるけれど、それでもそれなりに自由にデイタイムを過ごす。


 そして、夜になれば屋根の付いた建物に押しやられて、他者と肩が触れる様な距離感で眠りにつく。


 自分以外の誰かのいびきや時折入り込む風に意識と耳を傾ける内に朝が来て、めいめい番号を呼ばれて起床する。


 それが僕達の毎日。

 明日も明後日も続く事になる日々。


 自由と束縛を繰り返す日常は確かに『真の自由』なんてものとは程遠いのかも知れない。


「そういう直接的な要因だけじゃないんだ」


 僕の思索など全てお見通しとばかりに先んじて、考えの螺旋を予め潰したジャックの顔に刻まれたシワは年齢以上の深さを感じさせる。


 とは言え、ますます分からなくなった。

 聡明な彼の言葉の続きを待つばかりである。


「俺達は明確な境界によって世界から隔絶されて、誰かの決めた規則で制限された中で自由を謳歌している」

「それが僕達の毎日だ」

「しかし、そんな俺達にも繋がりがあって社会があって。そんな関係の中には明文化されていないルールがある」


 例えば、


「誰かといる際、適した性格キャラを演じる。求められる役割に準じる。流れる空気に迎合して自分を偽る」


―――なあニース、お前には無いと言えるか?


「或いはもっと言語化できない無意識に根付いた判断基準――覆せない生まれや育ち、土着の思想や宗教、属する国家による不可視のミーム。果たしてそれらのクサビを超えた行動を――真なる自由な意思で採択出来るか否か」


 直前には裏付けなど無いと嘯いていた割にジャックはつらつらと、流れる濁流の様相で止め処なく例文を挙げて、僕の返事や応答を待つことなく締めに入る。


結果こたえは圧倒的にいなである事が多いと思う。勿論それらを超えた先で行動するのも可能であるが、大概の場合は抱えきれないリスクを伴い、大抵の場合は失敗を恐れて


 同時に、が自らを縛る鎖に他ならない。


 勢いに任せて言い切って、反論や意見を挟む隙さえ見せることなくやり切って。

 それっきりジャックは口を強固な門の如くしっかりと噤んで、その事に尋ねようか悩む内にやがて穏やかな寝息が聞こえてきた。 


 僕の胸には先程聞かされた論理がズシリと残っていて、彼の様に速やかに睡眠体勢に入る事は難しく思えた。


 ジャックの語った内容を以って自身の――いや僕達が送る生活とこれからの将来を見当し、何処か漠然とした何かと比較しているとあっという間に夜が終わった。


 やれやれ、今日の自由時間は昼寝と洒落込むことにしよう。


 足りない頭を慣れない感じに酷使したのだ。どこかのタイミングで休息を入れなければ僕は壊れてしまう。


 そう壊れてしまうんだ。

 何かが、確実に。いつか、近い内に。


「――――――」


 僕達を眠りから回帰させる大きな声を背景に、いつか起こる破滅に心を踊らせて、光の射す方へ鈍重な仕草でと向かう。

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