第177話 アリー、眠り猿
「お願いします!」
アリーは元気一杯に笑顔で頭を下げた。完全に断られることを疑っていないらしい。しかしフェイは左手で右手を抱えながら、右手で顎を撫でる。
「うーむ。しかしのぅ」
「あれ!? 悩むようなことでした!?」
頭をあげて首をかしげるアリー。しかし、そう簡単にいいよーと言えることではない。
「なんでですかっ? 頑張りますよっ!」
「しかしお主、登録しておるわけでもないじゃろ?」
「そんなのすぐできるじゃないですかー。ねぇねぇ、フェイさーん。そこをなんとかお願いしますよぅ」
腕を伸ばしてフェイの袖口を引っ張ってお願いするアリーだが、フェイとしては即答しかねる。
アリーのお願いは内容としては単純で、今度の依頼に連れていってほしい、と言うものだ。これがアリーが冒険者としてやっていきたいから、と言うのならやぶさかではない。
しかしそうではない。アリーは単にフェイの遊びの延長で興味もあるからやってみたいな、と言うものだ。
フェイとしてはまあいいかなー、アリーの魔法も攻撃だとどうなるのかよくわからないし、いっぱつドカンと見てみたいなーと言う気持ちがある。
だけどリナがどう言うか。確認してからでないと、勝手に返事はできない。あくまで依頼はお仕事で、日々真面目に取り組んでいるのだ。
お金にうるさいリナなので、不真面目なと言うかも知れない。
それを説得してまでアリーの魔法が見たいわけではない。言葉では説明を受けているし。あくまでアリーの興味本意だけだ。
「うーむ。では、一度リナに聞いてみるとしよう」
「是非お願いします!」
と言うわけで持ち帰り案件として、宿に帰ったフェイはリナに聞いてみた。
「えー? ……まあ、いいけど、えー?」
と煮えきらない返事をされた。
「いいのか、えーのか、はっきりせよ」
「それどっちもイエスになってるんじゃない? いや、いいんだけど。ただ、なんかちょっと嫌だなって」
「嫌なら、無理にとは言わんよ。アリーは未経験者じゃしの」
隣のベッドに座って言うと、寝転がっていたリナは起き上がってフェイに向かってあぐらをかいて、頭をかく。
「んー。別にね、だから嫌ってわけじゃないのよ? 誰だって初めてはあるもの。でもちょっと事情がイレギュラーだし、遊び半分でなら、あんまりねぇ。と言うか、そもそも。んー」
「そもそも?」
言葉を濁すリナに、フェイが首をかしげて尋ねると、リナは三秒ほど間をあけてから、うんと一人頷いてフェイに視線を戻して笑顔で提案する。
「うん、よし。アリーとフェイで仕事して、私は私で仕事をしましょう。それでどう?」
「む? 何故じゃ」
「何故って、前の、えっと、ほら、ロン毛の魔法師に教える時も別行動にしてたし。魔法関係の話をするなら、別行動がいいわ」
魔法の話なんて聞きたくない! なんてことはないが、積極的に聞きたいほど興味もない。アリーとフェイが話しているなら首を突っ込むことはないだろう。そうすると当然だが二人だけで話してばかりになるだろう。
三人でいて自分だけ黙っているなんて、何だか除け者的と言うか、寂しいし。普通に一人でいて黙っているなら何ともないし、その方が気楽だ。
正直、嫉妬的な意味では少し気になるが、魔法については門外漢だ。そこを邪魔するつもりはない。それにあまり気にしすぎてもな、とリナ自身嫉妬を自覚して、自重しようと心がけているのだ。
本人はあまり意識していないが、フェイが真剣に自分と結婚して家庭を作ろうと考えてくれていて、それが実現可能だとわかったので、気持ちに余裕がでてきたのだ。
「むぅ。そう言われると、まあ、そうかも知れんけど」
しかしそれはリナの都合だ。フェイは別に今までと何も変わっていないので、何だかリナがあっさりしてしまって、変な感じだ。
リナに面倒だなんだと言ってきたが、そんなところもぶっちゃけ好きだし、言われるほど好かれてるのだとにやにやする面もあったのに。
とフェイはフェイでめんどくさいことを考えつつ、だがリナの言うことも最もだ。話に入れないとわかっているのだから別行動もやむ無しだろう。
「じゃけど、一人では危ないからの。危険な依頼はいかんぞ」
「あー、はいはい。じゃあ街中のとか簡単なやつだけにするから」
どこの保護者か。そもそもリナの方が冒険者として先輩だし、ずっと慣れている。だがフェイの方が少なくとも逃げるのは上だ。空に逃げればいいのだから。
そういう意味ではいざというときに心配されるのはリナの方だと言うのは理解できる。なら反論するほどのこともない。以前と同じようにすればいい。
「うむ。それならばよい」
リナの返事にフェイは満足げにうむうむと頷く。その表情にまぁ可愛いとリナも微笑んでから、ん?と首をかしげる。
「……なんかおかしくない?」
「む? なにがじゃ?」
「いや、フェイが持ってきた話なのに、なんか私がお願いしてる形になってるし」
「おお。本当じゃな」
目をぱちくりさせて、何故か感心したように頷くフェイに、リナは笑いながらフェイのベッドに寝転がるように移動しながらツッコミをいれる。
「天然か。可愛いけど」
「可愛いならよかろう」
「おっ? 調子にのってるわね」
どや顔で横に転がるリナを見下ろしてくるフェイに、リナは笑いながら体当たりするように上半身で抱きつく。
「なにぃ? お主がいつも言ってるからじゃろうが」
「もちろん、そう言うところも可愛いわ。調子にのってる生意気感も可愛いわー、大好きっ」
「全く褒められておる気がせんのじゃが」
ぼやきつつも、わしゃわしゃと全身を揺するように撫でてくるリナを受け入れるフェイだった。
○
「と言うことで、まあ、オーケーなんじゃけど」
戸惑いながらフェイが説明すると、アリーは手を叩いて喜び、笑顔をフェイとリナに振り撒く。
「やったぁ! エメリナさん! ありがとうございます!」
「いいのよ。気にしないで」
「いや、と言うかなんでお主がいるんじゃ?」
リナがにこやかに返答する横で、当の本人であるフェイは呆れ顔でアリーにツッコミをいれた。それにアリーはきょとんと首をかしげる。
「え? 今オーケーって」
「オーケーじゃけど、答える前から教会でスタンバっておるから聞いておるんじゃ」
別行動することで、フェイはフェイでアリーとお仕事をすると決まったところで、教会に伝言を残してまた約束をすると言うつもりだった。
だと言うのに翌日、当たり前のように装備を整えた状態で教会にいるのだ。突っ込まないほうがおかしい。誰が伝えて誰が今日しようなんて言ったか。
そんなジト目のフェイに、アリーはああと頷くとえへんと胸を張って答える。
「オーケーに備えて、待ってました」
「そうか、とはならんじゃろ? わしらが断ったらどうすもりじゃったんじゃ?」
「えー? あんまり考えてませんでしたけど、他の冒険者の方にお願いして、私は私で依頼をうけてフェイさんたちに着いていきますね」
朝一で登録したらしい真新しいランク1の登録証を掲げるアリー。考えてないってレベルじゃない。めっちゃ計画的だ。
「アリー、全く諦める気がないじゃろ。まあ、オーケーじゃしいいんじゃけど」
「はい。と言うわけで! レッツゴーですよ!」
「うむ。リナ」
テンション高くぐっと手を握るアリーに、フェイは仕方ないなぁと苦笑してからちらりと隣のリナを見る。リナは肩をすくめて微笑む。
「ん。大丈夫よ。私はテキトーに、街中のするから」
「気を付けるんじゃぞ」
「はいはい」
リナとわかれて、目をキラキラさせてわくわくがとまらないアリーを連れて、フェイは依頼を選択する。
初心者なアリーがいるので、経験のある簡単な眠り猿を選んだ。
難易度は低くはないが、名前の通り基本的に眠っているように見えるほど、動作がのろい。警戒心も低く結界なしでも近づいても反応もしない。
数が兎ほどはいないが、木の上の方を探せば割合いるし、アリーの実力を見るにはいいのではないかと思ったのだ。
アリーはランク1だが、フェイがいるので20ランクの依頼も余裕である。
「眠り猿ですか。見たことありませんけど、可愛いですか?」
「いや、ぶっさいくじゃな」
「ぶ、ぶっさいくですか……」
見も蓋もない返答をするフェイに、アリーはひきつりながら何とか相づちをうつ。
「まあ、見ればわかる。とりあえず、ひとつ向こうの山に行って、眠り猿を見つけてからお主の出番じゃ」
街と外を区切る門が見えてきたので、そのまま向こうへと山を指差して言うフェイに、アリーはぎょっとして壁の向こうとフェイを繰返し見る。
「え。ひ、ひとつ向こう、ですか。結構遠くに、と言いますか、えっと、確認ですけど日帰りですよね?」
「無論じゃ。そうそう、お主に確認しようと思っておったんじゃけど、飛べるか?」
「はい? 飛べるかって、えっと……何かの隠語ですか?」
「空を飛べるかどうかを聞いておる」
「そ、そんなの無理に決まって、え? もしかして、昔の人って羽が生えてるんですか!?」
「そんなわけなかろう」
そうこう話している間に門まで来た。フェイのカードを出せば問題なく出られるはずだが、アリーのカードを見た兵士がランク1で大丈夫なの? 巫女様無理させられてない? とめっちゃ口を突っ込んできた。
うっとうしいので、アリーに説得を任せた。その間、暇なのでちらちらアリーを見ながら半歩ずつ前に進んで山へ向かった。
三分ほどで解放されたアリーはすぐに走って追いかけてきて、50メートルほど先に行っていたフェイに半泣きで怒りだす。
「なっ、なんでそう言うことするんですか!? 私のこと置いていくんですか!?」
「そう言うつもりではない。ちょっと暇じゃし、まあ、うむ。さぁ、行くぞ!」
「誤魔化し方がざっ、っあああ!?」
怒られると思ってなかったフェイは慌ててアリーの手をつかんで、勢いよく空へ飛んだ。
先の会話があったことを怒りで忘れていたアリーは、いきなり宙に浮かんだ体に意味がわからなくてフェイの腕に抱きつく。
「なっ、な!?」
「そう驚くこともあるまい? 魔法で飛んでおるだけじゃ」
「おっ、驚きますよ!!?」
結界あるし大丈夫大丈夫と言い聞かせ、結界を触ってあることを確認してから、アリーはようやく空を飛んでる現実を受け入れて目を輝かせた。
「う、うわぁ! 嘘みたいです! 空を飛ぶなんて!」
○
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