第146話 海水浴2
波へ向かって一歩進むと、冷たい波がすっと足を通り抜けては引いていく。その不思議なくすぐったい感覚に、二人して声をださずに笑いあう。
「これ、面白いの」
「そうね。こんな感じなのね。すごい、不思議な感じ」
「うむ。それに、思った以上に冷たいの」
「ええ、もうちょっとこうして、慣れてから進んでみましょうか」
足の指を開いたり閉じたり、足先をふって水しぶきをあげてみたりして、水の冷たさが気にならなくなるまで波打ち際ではしゃいでから、さて中へ入っていこうかと言う瞬間
「あ! いた! おいフェイ! エメリナ! 何を先に入ろうとしてるんだい!」
「むっ、リディアか」
怒声のようなリディアの呼び掛けに引き留められた。
振り向くと、姉妹がどたばたとやって来ていた。仕方ないので、二人して肩をすくめながら波打ち際から浜へ姉妹を迎えに移動する。
「おはよう、リディア、リュドミラ」
「おはよう、今日はよい海水浴日和じゃの」
「おはようございます」
「おはよう、じゃないよ! 全く、誘ってやったリュドミラを無視して海に入ろうとするなんて、いい度胸だね!」
「お姉ちゃん、そんな大層な話じゃないよぅ」
もはや定番ネタと化してきたリディアの怒りは受け流し、フェイとリナはリュドミラに向く。
大人しい控えめな性格のリュドミラなのに、格好は殆ど胸部のさらしとパンツ一枚に近い、大胆な格好だった。リディアも普通に際どいほどの格好だが、リディアはどうでもいいので無視する。
「リュドミラ、そんなに薄着で来るとは意外じゃの」
「そうね。恥ずかしくない?」
「うーん? だって、海に入る時はこの格好だし。むしろ、二人が普通に服を着てるのがおかしいよ?」
おかしいとか言われた。いや確かに明らかにこの海辺において、リナとフェイだけ布面積が多いけども。
「まあ、そんなものか。わしらはこのままでよいんじゃ」
「そう? ならいいけど、靴も脱がないの? 塩水で痛んじゃうよ?」
「む……まあ、今さらじゃしよいか」
お気に入りのサンダルなので痛むのは嫌だが、すでに海水に浸かっているし、今から脱いでも浜辺に放置と言うのも気が進まない。なのでそのまま遊ぶことにした。
二人の決断に、リュドミラはそーう?と首をかしげたが、すぐに気を取り直して笑顔になった。
「じゃあ、さっそく遊ぼうよ!」
そうしてリュドミラ始動のもと、海へ入る。ひんやりしているが、寒いと言うほどではない。
「まずは何をするんじゃ?」
「まずはみずかけ! それから、潜って息止め競争して、泳ぐ競争!」
「よしきた! ではさっそく!」
元気よく宣言するリュドミラに、先制攻撃とばかりにフェイが、リュドミラに向かって水をかけた。
「きゃあ! えへへ、やったなー! えいっ」
「どわっ」
可愛らしい仕草と声に反して、大波のような水量がかけられて、フェイは声をあげて避ける。
「リュドミラはさすがに強いからね。今ばかりは私も力を貸すよ。3対1だ!」
と負けず嫌いなのは驚かないが、シスコンリディアがまさかのリュドミラに敵対する展開に驚きつつも、滴るほどに水をかけあった。
その後、息止め競争も行ったが、泳いだことのないフェイは勢いよく海に潜ったことで、全身が浮かび上がり手足を動かすのに妙に重いその感覚に焦って、溺れそうになったのでやめた。
それからフェイとリナがちゃんと泳いだことがない、と言うことで姉妹に教えてもらうことになった。
「うん、そうそう。うまいもんじゃないか」
リナは元々水中に入ってどうこうと言う経験はあったし、体を動かすことそのものも得意だったので、すぐにリディアから合格をもらえた。
問題は、リュドミラに指導を受けているフェイだった。気持ちを落ち着かせて体の力を抜き、顔をつけた状態で胴体を浮かばせるまではできるようになったが、泳がせてみると呼吸がうまくできない上に進まない。
「うむ、むっ、むごっ」
「あわ、も、もっと顔をあげてっ」
「こ、おばぼっ」
「わぁ!」
「ごほっ、か、顔をあげようとしたら、何故か、沈むんじゃけど」
フェイが沈みだしたのでリュドミラがあわてて右手で肩をつかんで、猫の子のように持ち上げた。フェイは咳き込みながら、できないんだけど、とあたかもリュドミラに責任があるかのようにジト目になる。
「そ、そんなこと言われても。ふつー、これで泳げるよぅ。フェイさんが運動オンチなんじゃ、ないかなぁ?」
「なぬっ。む、むむぅ、そ、そんなことはないと思うんじゃけど」
運動と言えるようなことは全くしてこなかった、元引きこもりのフェイは、しかし自分では普通にできるはずだ、と身体強化による過信をしているので、リュドミラの言葉には唇を尖らせた。
リディアとリナがそんな二人に近寄る。
「なにやってんだい?」
「お姉ちゃん、フェイさん、運動オンチみたいなの」
「これ! リュドミラ! 確定事項のように言うではない!」
「ひゃっ、ご、ごめんなさい」
「ごらぁ! フェイ! うちの天使になに怒鳴ってんだ!!」
フェイがむっとしてリュドミラに文句を言うと、リュドミラはちょっとだけ身をすくませた。リディアはそのちょっとに一気にボルテージをあげて、まだリュドミラに持ち上げられたままのフェイの耳をつかんで、耳元で怒鳴り返した。
「ぐおっ、み、耳がいたいぞ。わしが悪かったから、怒鳴るのをやめい 」
「ふん、わかればいいんだよ」
フェイは掴まれていた耳を左手で抑えつつ、申し訳なさそうな顔になるリュドミラに右手で下ろせと示して下ろしてもらう。
「フェイ、大丈夫?」
「うむ」
「で、何があったの?」
「顔が水面からでないんじゃけど」
「んんん? ちょいと、もう一回やってみな。わたしらも見てやるから」
眉を寄せるリディアの指示で、もう一度泳ごうとしてみる。
「ごぼごぼ」
リナに引き上げられた。リディアはそんなフェイを見て、頭をかく。
「あー、参ったねぇ。普通は泳げないって言ったら、体が緊張して浮かないからねぇ。浮いたところから沈んでくってのは、聞いたことないねぇ。だいたいみんな、子供の頃に海に放り投げられて泳げるようになるからねぇ……投げてやろうかい?」
親切そうな顔で言われたがとんでもない。幼く小さく体重も軽い子供を軽く放り投げるのと一緒にしてもらっては困る。
「断る。なんでそう物騒なんじゃ。人もおるのに、危ないじゃろ」
「まあ、じゃあ、私でよければ教えるわ」
「うむ、そうじゃの。やはりリナがよい。わしにはリナしかおらん。お主らではダメじゃ」
「んだとぉ?」
「お姉ちゃん、仕方ないよ、のろけなんだから」
姉妹を無視して、まったくこの脳筋姉妹ときたら教えるのが下手なんだからとばかりに、自分の運チっぷりには無自覚に、フェイは機嫌よくリナの手をとる。
リナは、強化で力はあるもののフェイはあまり器用でないと認識しているものの、強化力まかせで何とかなることが多いため、運動オンチと言うほどは認識していない。
「じゃあ、悪いけど、ちょっと時間もらうわね」
「ああ、じゃあリュドミラ、競争しようじゃないか」
「うん!」
普段大人しげなリュドミラだが、けして動きまで大人しいわけではない。活発そのものと言わんばかりに、リュドミラはリディアより早く泳ぎだした。
慌てて追いかけていくリディアを尻目に、リナはさてとフェイに向き合う。
「じゃあ、やってみましょうか」
「うむ!」
フェイは笑顔で頷いた。
○
結論から言うと、フェイは水中移動ができるようになった。それが泳げるようになったと言っていいのかどうかについては議論の余地はあるが、本人が満足しているのだからいいだろう。
「ほれみよ、泳げるぞ!」
「えっと、泳げてるけど……」
戻ってきたリュドミラにフェイが自慢げに泳いで見せるが、リュドミラは困惑する。無理もない。フェイの顔の周辺にだけ海水が来ていない、水面がえぐれた状態だ。
こんな奇妙な状態で平然と泳げたぞ!なんて言われても反応に困るだろう。
結局フェイは呼吸をすることができないが、力はあるのだから水をかいて進むことは簡単だ。膝を曲げて膝下だけで蹴るような動きでもぐんぐん進む。
なので教えるのが面倒になったリナは、フェイと魔法を使って解決しようと提案し、考えた結果こうなった。結界で顔だけ覆うようにしたのだ。
「なんだかよくわかんないけど、泳げるならよかったじゃないか」
「そ、そうだね。早いし、凄いよ」
「じゃろう。わかったならよいんじゃ。運動オンチなどと、謂れのない評価はやめてもらおう」
「う、うん……」
動きはどう見ても、泳ぎ始めたばかりのような、ぎこちなくて雑な感じだが、早さは普通に早いので、全然駄目だよと指摘するのも憚られて、リュドミラは曖昧に頷いた。
「よーし、じゃあ今度は四人で競争しようじゃないか!」
それからも日が沈む頃まで海を満喫した。
疲れた体で解散し、フェイとリナは宿に帰ってきた。途中、濡れたまま歩くのは気持ち悪かったので体を乾燥させたが、べたついて余計に気持ちが悪くなった。
「お客様、海で遊んできたんだろ? 水は部屋に用意してるよ」
本日は海水浴をするのが普通らしく、宿はすでに体を流すための水を部屋に用意してくれていた。礼を言って部屋に戻り、体を流した。
ちょっとすっきりしたりないので、魔法で水を追加したが、宿の心遣いは忘れないぞ。例え料金を請求されても。
その後、夕食をとり、衣服も痛まないように洗って処理をしたし、後は寝るだけだ。フェイはふーと大袈裟なほどにため息をつきながら、ベッドにダイブした。
「疲れたのぅ」
「そうね。ずっと体を動かしたお休みってないし、疲れたわね」
仕事とはまた違った種類の疲れだし、また仕事は休み休み行うが、テンションがあがってぶっつづけだった。
「うむ。しかし、楽しかったの」
「そうね。波があるってだけで、水の中の感覚も全然川や湖と違ったわね。すごく不思議だわ」
「水の中でああして動き回ったのははじめてじゃけど、ふわっとして力が入りにくいんじゃな。面白かった」
お互いにベッドに寝転がりながら、あれやこれやと話をして、いつしか二人ともまぶたが重くなり、眠りについていた。
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